高鍋城址

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史跡

宮崎県 | 児湯郡高鍋町

斉衡年間(854~56)に柏木左衛門尉が創築。北に小丸川、西に宮田川、東に日向灘を臨む丘陵上の城。古くは日向財部の土持氏が在城した。戦国時代には伊東氏四十八城の一つとなった。天正6年(1578)に島津氏に奪われ、豊臣秀吉による九州統一後は、筑前(福岡県)から秋月種実が入国し、子の種長が修築、以後、明治維新まで秋月藩の居城となった。現在は本丸・二の丸・三の丸の石垣が残り、城跡は公園に整備されている。◎秋月種殷(1818-74)児湯郡生まれ。幕末・維新期の高鍋藩藩主。種痘奨励・サトウキビ移植など藩政改革に尽力。洋式兵制・砲台構築を成し、戊辰の役で奥州出兵。上杉氏帰順に貢献。

基本情報

所在地 〒884-0003 宮崎県児湯郡高鍋町南高鍋
問合せ先 TEL 0983-26-2016
アクセス ・高鍋駅からバスで10分
見学・所要時間 20分
時代 1676

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