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2020.05.13

【第27回】DMO先進事例に学ぶ
ケース23:株式会社かまいしDMC(地域DMO)

尾崎神社の秋の大祭で行われる曳舟祭
尾崎神社の秋の大祭で行われる曳舟祭


釜石市は「津波てんでんこ」の継承や避難訓練の積み重ねにより、2011年の東日本大震災で市内小中学校の児童生徒の生存率が99.8%となり、「釜石の奇跡」と呼ばれました。その釜石市では、地域全体を博物館に見立てた観光で持続可能な観光まちづくりを目指しています。その核となるかまいしDMCで話を伺いました。

●釜石オープン・フィールド・ミュージアムは
地域や人と触れ合う空間

 震災後に始まった「観光振興ビジョン」づくりでは、「観光を通じた震災復興の実現」が提起され、実現に向けてプラットフォームとなる組織が必要となり、2018年4月に地域DMO「かまいしDMC」が発足しました。釜石市では、DMOの組織にあたり、自由度の高い株式会社形態でスタートすることとしました。
 釜石市では市の観光の現状を「これという特徴あるコンテンツはない、しかし、過去の震災や戦災、天災などの災害で、そのたびに再生を遂げ、復活してきたストーリーを持つまち」と分析しています。
 そして、「町や漁村、農山村などにはさまざまな空間的多様性があるが、それらは観光コンテンツとしては分かりにくいもの。しかし、そこにはストーリーとしての深みが確かに存在する。それを地域住民のアイデンティティとして、人が訪れることにつなげたい」と考えました。
 そこで、かまいしDMCが掲げたのが、「釜石オープン・フィールド・ミュージアム構想」です。既存の観光地を遊覧するのではなく、地域やそこに暮らす人と触れ合うことを第一の目的とし、釜石市民が持つオープンマインドな気質を強みとして、人の物語や自然に触れる旅、交流が生まれる場にするという取り組みです。釜石の自然、歴史、文化、人々の営みの中にある宝を見つけ、体験学習を主体に、その価値の共有を通して市民と来訪者双方に有意義な観光となることを目指しています。そして、郷土愛の醸成、地域の豊かな暮らしを未来へ継承することも大切にしています。

復興が進む市街地
復興が進む市街地

●Meetup Kamaishi をスタート
 この構想では主体的にまちづくりに関わる人たちを「活動人口」、釜石に興味を持った地域外の人を「つながり人口」と呼んでいます。活動人口を増やすことで、つながり人口が増えていくという未来図を描いています。
 最初の具体策として造成したのが体験プログラム「Meetup Kamaishi」です。2016年に開始し、2019年は17のプログラムを提供しています。
 この「Meetup Kamaishi」で観光客のメインターゲットに据えたのは、復興支援ボランティアの方たちでした。「meet up」には「再会」の意味があるため、これまでに築いた関係性を再構築し、記憶や個人の歴史、経験が財産として生かせると考えました。

Meetup Kamaichi 2019
Meetup Kamaichi 2019

●共感型マーケティングで
持続可能な観光の実現を目指す

 釜石市は観光振興ビジョン策定の中で「持続可能な観光」にも取り組んできました。富裕層を狙ったり、急激な観光客拡大策を求めるのではなく、地域への共感を重視してきました。
 市のSDGsへの取り組みとして、2017年には「釜石オープン・フィールド・ミュージアム構想」の柱の一つに「サスティナブル・ツーリズム(持続可能な観光)の活用と国際基準の導入」を掲げ、2018年にオランダの認証機関グリーン・デスティネーションズ(以下GD)の観光地認証プログラムに取り組みました。GDの運用する国際基準100項目の和訳版を作成し、基礎資料を整備し、GDの視察を受け入れ、海外でのGD研修に参加しました。同年中に「世界の持続可能な観光地100選」にエントリーしています。そして、2019年にはわが国ではじめて「世界の持続可能な観光地100選2019」に選出され、グリーン・デスティネーションズ・アワードのブロンズ賞を受賞しました。
 「釜石市がずば抜けた持続可能な観光の先進地とは思いませんが、国際基準の認証取得に向けて努力を重ね、その基準で安心して観光できるまちになっていることをこれからも発信していきます。そして、その理念に共感する人たちがやって来るまちにしたいと思っています」とかまいしDMCのリージョナルコーディネーターで、SDGsを担当する久保竜太さんは語ります。

久保竜太さん(左)と河東英宜さん(右)
久保竜太さん(左)と河東英宜さん(右)

●DMCとしての中核3事業
 かまいしDMCでは、「旅行マーケティング事業」「地域商社事業」「地域創生事業」を事業の柱にしています。
 旅行マーケティング事業では、観光に対する調査や、サスティナブル・ツーリズムやDMOへの取り組みについての視察や企業研修等の受け入れなどを行っています。
 地域商社事業ではふるさと納税の返礼品開発、地域内の取りまとめ、特産品、未使用資源活用による商品開発、域外への特産品の販売など、地域の稼ぐ力づくりに貢献しています。
 地域創生事業では、震災後の地域に人々が戻り、復興していく過程を地域とともに築き上げています。各施設の取り組みは誘客コンテンツとなり、観光客増加に貢献すると考えています。
 地域創生事業の「魚河岸テラス」では、飲食4店舗と事前コンセプトから綿密に打ち合わせ、地域の食の良さを異なるアプローチで楽しんでいただき、それをモデルとして地域に広げていこうと考えています。
 「御箱崎の宿」では、コミュニティが中心となり、民泊経営が地域に広がる土台づくりを行います。
 津波伝承施設「いのちをつなぐ未来館」は、地域が生きのびたことを伝え、次世代の高校生ガイド育成や、伝承制度などの防災教育の中核施設となっています。
 根浜海岸キャンプ場は「持続可能な観光の国際基準を学ぶGSTC公式トレーニング」の会場などとして利用されます。

かまいしDMCの事業の3つの柱
かまいしDMCの事業の3つの柱

魚河岸テラス
魚河岸テラス

いのちをつなぐ未来館
いのちをつなぐ未来館

●組織の構成と人材育成
 かまいしDMC発足当時から事業にかかわる久保さんは、震災後Uターンして、釜石市が復興支援員の制度を利用したリージョナルコーディネーター(釜援隊)に参加。2015年から市の観光振興ビジョン作成を担当しました。
 「自分が観光に興味を持ったのは、地元のボランティアチームで、全国から訪れるボランティアをコーディネートする役割についていたからです。来てくれた方に少しでも釜石にいい記憶を持って帰ってほしいという思いから、ボランティア活動+ハイキングなどの企画を立ち上げました。自分のおばあちゃんの家に連れていった時には都市部から来た人がとても喜んでいたため、『釜石の人に会ってもらう』ことが地域観光の役割として成り立つ、新しい旅の形となる、と考えるようになりました」
 取締役事業部長である河東英宜さんもUターン組で、「地球の歩き方」を出版する東京の企業に在籍し、当DMOの設立検討委員会などを経て現職に着任しました。観光だけでなく地域商社の機能も持たせるため、7か月間の専門研修を経て釜石にやって来ました。
 スタッフ数は多くはありませんが、事業開発やプロジェクトづくりなどでは有能な副業プロフェッショナル人材が事業協力者として関わり、重要な役割を果たしています。

甲子町では、甲子川沿いの約1kmにわたり、ソメイヨシノが並ぶ
甲子町では、甲子川沿いの約1kmにわたり、ソメイヨシノが並ぶ

●観光協会とのすみ分けを考える
 「釜石市では、計画当初から、既存の観光協会(釜石観光物産協会)とDMOは異なるスタンスで並存することを前提としてきました。第三セクターの釜石まちづくり株式会社もすでに活動していたため、後発となるかまいしDMCは何をすべきかを考えて取り組んできました。釜石でまだ行われていないことを洗い出し、自分たちの役割を明確にして関係者にも理解を求めました」と河東さんは振り返ります。
 「最初からすべて理解されていたわけではないと思いますが、実践してみることで、競合せずに協力体制が築けることを理解してもらいました」
 旅行者の調査分析、現場で見えてくる新しい旅の商品化などはかまいしDMCが中心となって取り組んでいます。

五葉山山頂付近にある五葉山日枝神社は「天空の社」とも呼ばれる
五葉山山頂付近にある五葉山日枝神社は「天空の社」とも呼ばれる

●地域のニーズにあったDMOづくりを考える
 釜石市は宿泊におけるキャパシティが少ないため、地域にあるものを地域外に売ることで「稼げる地域」づくりを進めています。
 震災後に大きな力を発揮した「Meetup Kamaishi」は、公益性は高いものの収益性は少ないため、「地域が稼げる」事業への転換を検討する必要も出てきました。現在DMCが行う有料プログラムは900以上、DMCが行うアテンド事業には約3500名の来客を得ています。防災学習や復興進捗度合見学ツアー等に人気が集中しているため、そのニーズに特化していくことも考えています。
 食に関する開発では、特産のウニを使う「ウニしゃぶ」を考案。DMCがつくり上げたスープをベースに白身魚のしゃぶしゃぶにして、地域全体に広げていく予定です。また、カニ漁の「カニかごオーナー」制度なども検討しており、ひと味違った楽しみ方を提供したいと考えています。
 「このように、地元が稼げる新しい商品を開発していくことがわれわれ地域商社の大きな仕事の一つと考えています」と河東さんは語ります。DMC自体も順調に利益を上げています。釜石市から委託受注しているふるさと納税産品づくりの業務一式は、地域の方たちと提携しながら進めており、良好な関係を築いてきました。
 「公金による補助はDMO発足から3年間まで予定されていますが、この2年目で自走できる構造はできてきました。DMCの収益を地域に再投資していきます」と2人は自信を示してくれました。

釜石鵜住居復興スタジアム
釜石鵜住居復興スタジアム


(DMO推進担当から一言)
 釜石市は人口約3 万3000人と決して大きな地域ではありません。大規模開発より、地域の身の丈にあった震災復興を考え、その答えが復興活動を観光化することでした。復興の中でボランティアの方々とつくり上げた濃密な関係性が大きな力になると確信し、持続可能性の高い観光につなげたといえるでしょう。

〈DMOプロフィ-ル〉
地域DMO
株式会社かまいしDMC
・設立 2018年4月
・所在地 岩手県釜石市
・マネジメント区域 岩手県釜石市
・社長 野田武則(釜石市長)
・事業部長 河東英宜
・連携する地方公共団体および役割
岩手県釜石市産業振興部商業観光課
・連携する主な事業者
(一社)釜石観光物産協会、(一社)三陸ひとつなぎ自然学校、釜石商工会議所、、旅館・ホテル組合、三陸鉄道(株)、日本航空(株)、釜石リージョナルコーディネーター協議会、釜石ローカルベンチャー協議会、(株)パソナ東北創生など

※DMO(Destination Management/Marketing Organization)とは、地域の「稼ぐ力」を高めるため、観光のマーケティングや商品開発などを一体的に進める組織。観光庁は日本版DMOの設立を推進している。