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2019.11.07

【第25回】DMO先進事例に学ぶ
ケース21:丘のまちびえいDMO
[一般財団法人丘のまちびえい活性化協会](地域DMO)

四季彩の丘
5月の「四季彩の丘」。チューリップの向こうに十勝連峰が見える。
夏のトップシーズンに向けて植え付けが急ピッチで進む


●景観条例と日本で最も美しい村運動が美瑛を育てた
 約30年前、農業近代化のため農地の均平化が全国で進んだ時代がありました。しかし美瑛町では、丘陵地とそこで行われる畑作の景観を大切にしたいと、当時の町長が地域の賛同を得て1989(平成元)年に「美瑛町自然環境保全条例」を発案、町全体を対象とする景観条例が制定されました。
 そして15年前には当時フランスで行われていた美しい村運動を初めて日本に取り入れ、2005年に任意団体として「日本で最も美しい村」連合を立ち上げました。以来、失ったら取り戻せない日本の農山村の景観や環境、文化を大切に守りながら、観光的価値を高め、地域の発展を推進してきました。
 「約30年前の景観条例により、景観審議会設置や地域のハード整備といった骨格がつくられ、約15年前の『日本で最も美しい村』運動の導入により、地域づくりのソフトの基準を確立しました。このことが今の美瑛をつくったともいえます」と事務局次長でマーケティング責任者の佐竹正範さんは話します。

(右)佐竹正範さん(左)泉剛生さん
右が佐竹正範さん、左が泉剛生さん。
後ろの映像は雪を楽しむ観光商品のプロモーションビデオ

●観光客のペルソナを設定し旅行商品を開発する
 佐竹さんはヤフー株式会社での地方創生プロデューサーの経験を買われ、2016年に出向で美瑛町にやってきました。
 「ここでの私の仕事は、地域にビジネスを創出することです。地域づくり、観光事業はマーケティングなしには何もできません。自分たちが何をしたらいいのか、それを知るには観光客の具体的なデータが必要です。本格的なマーケティングの開始にあたり、CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)※を展開し、地域に密着した項目を立ててアンケートを行い、その回答からやるべきことを探してきました。そのデータによっていくつかの『ペルソナ』(人物像)を設定し、そこで見えてきた顧客像に対して、商品を考えていきます」と佐竹さん。
 アンケート回答結果から、性別や年代、リピーターかビギナーかなどさまざまな項目で数値化を行ったところ、タイプの異なるいくつかのペルソナが見えてきました。その一例が「比較的高収入の女性で、家庭を大切にしながらも、自分磨きも忘れない人」というペルソナです。こうしたペルソナに合った地域ならではの旅行商品を開発するため、丘のまちびえいDMOでは事務局の中に戦略協議会を置き、さらにワーキンググループとして専門委員会を設置して、商品としての「体験プラン」をつくる体制を築いています。
 「農家や商家の世代も代わり、地域も変化してきました。彼らの多くは若いときに都会生活を経験しており、面白いことをしてみたいという気持ちが高まっています」と滞在型プログラム・旅行商品造成担当者の泉剛生さんは地域の変化を話します。
 そしてこの事業を支えるもう一人が、アドバイザーとして参加している北海道大学の石黒侑介准教授です。美瑛町の観光マスタープランづくりを主導し、さまざまな提言を行うとともに、北海道大学大学院と連携して、調査、解析、アドバイスにと、実働部隊として大きな力を発揮しています。
※CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)・・・ITを活用し、新規または既存の顧客の属性や嗜好性・消費行動などの詳細なデータベースを基にして、個々の顧客のニーズにあった商品やサービスを提供していくマーケティング手法。

丘のまちびえいDMO実施体制

●「青い池」人気でインバウンド客が急増
 人口ほぼ1万人の美瑛町の観光客入込数は、2012年時点では約133万人(うち宿泊23万5,900人(うち外国人宿泊6,000人) )でしたが、2018年度では約226万人(うち宿泊26万9,000人(うち外国人泊3万6,900人)と増加しています。
 農業が主産業である町に約30年前から国内の観光客が来るようになり、そして近年は海外からも多くの観光客が訪れるようになりました。2012年に米国アップル社のコンピュータの壁紙に美瑛町の「青い池」が採用され、世界中で知名度が上がり、インバウンド客が急増する現象も起きています。
 大型観光バスが押し寄せ、夏の最盛期には、お花畑が人気の「四季彩の丘」に一日に3万人近くの人が訪れるようになりました。宿泊施設はベッド数が足りていても従業員を集めきれない、飲食店は昼食を用意しきれないという事態も起きています。
 「観光客の数が急増すると、旅行商品の価格が下がり、観光客の質も下がります。また、訪れる観光客のタイプも、宿泊型より通過型が増えてきます。青い池だけが一時的にゴールデンルートになっても、本当に地域のためになる観光にはならないのです。私たちは体験プランという観光商品を育て、もっと上質な時間を保つ観光をつくっていきたい。この地域はある意味でインバウンドの先進地ですが、それは必ずしもいいことだけではなく、今はその弊害もたくさん体験しているところです」と、佐竹さんは言います。
 そうした中でも、インバウンド対応を着実に進めてきました。2017年には町内の飲食店でメニューを4か国語対応にし、さらに飲食店や観光スポット等にQRコードを利用したアンケートを配置し、観光客の行動情報収集に努めています。

青い池
外国人観光客にも知名度が高い「青い池」

●民間では難しい事業を行うのもDMOの役割
 現在の丘のまちびえいDMOの財源は町からの助成金が中心です。自主財源の開発の必要性についても問われることがありますが、この地域におけるDMOの役割の一つとして、民間資金では難しいプランの企画・試行や事業立ち上げなどに積極的に関わり、その成果を民間事業者に広げていくことがあります。そこには小さな初期投資が必要であり、それもDMOの仕事だと捉えています。
 美瑛町はこれまで農業が主産業で、イベントやレジャーを提供できる企業が町内にありませんでした。通過型旅行者の割合が高くなっている背景には、そうした環境もあります。農業以外の産業の比率が少ない地域で、どうやって地域住民を活動に巻き込み、面白いことをみんなで考えるか。そして、そこで新たな収益のタネを見つけ出し、どうコンテンツを開発し、広く情報発信できるか。こうした取り組みもDMOの重要な仕事です。
 現在は、泉さんらがその先導役となり、専門委員会を中心に商品開発を行っています。専門委員会には農業、商業、観光の分野で働く人や興味を持つ人が集まり、企画づくりから、ワークショップやモニターツアー、宿泊を伴うプランの具体的な開発まで行っています。
この専門委員会ではこれまでに「アスパラ刈り体験」や「トウモロコシの手もぎ&生でまるかじり体験」「美瑛の丘で絶景スノーシュー体験」など、季節にあわせて20近くのコンテンツをつくり上げました。

アスパラ刈り体験プログラム
広大な丘陵の畑で行う人気のアスパラ刈り体験プログラム

スノーシュー体験プログラム
技術不要で誰でもできるスノーシュー体験プログラム

●DMOで地域の連携をつくる
 DMO創設にあたり、既存の観光協会を核に組織をつくる案もありましたが、「この組織は地域全体を連携させてつくりたい。そうであるなら活性化協会が中心になるべきだ」という町長の発案により、まちづくりを担う(一財)丘のまちびえい活性化協会が地域DMOとなる方針が決まりました。
 かつて、農業と観光は全く別の分野として捉えられ、連携がありませんでした。そのため、心無い観光客の多さに怒り、人気スポットとなった場所の木を切り倒した農家の方もいました。DMOは、農業を中心とした地域のさまざまな事業者と観光事業者の間をつなぎ、連携することでまちづくりの環境を改善することも大きな使命とされています。
 「これまで観光と地域産業が連携することなく活動していた時代もありましたが、今では、生産農家で農業体験を行い、その後カフェでその農産物を試食するという体験プランもつくられました。以前木を切ってしまった農家の方も、現在はこのメンバーに入って、まちづくりに協力しています。観光客も農業体験をすれば、農業の大変さや、やってはいけないことに気づいてくれるとわかったのです。お互いに理解し合うことで、良い循環が回り始めています」と泉さんは話します。

風景
中心市街地をのぞく町中のほとんどでこの風景が広がる

●スタッフの多くは美瑛の美しさに惹かれて移住
 丘のまちびえい活性化協会職員の中でDMOに関わるスタッフの数は9人。佐竹さんはマーケティング責任者、泉さんは滞在型プログラム・旅行商品造成担当、このほかにマーケティング、プログラム・旅行商品造成担当者等がおり、プロのネイチャーガイドも参加しています。
 佐竹さんは学生時代から地域おこしに関わりたいと思い、この分野を実践的に学び、企業内でも担当してきました。泉さんは大手旅行社に8年勤務した経験をもつ商品開発やプロモーションのプロです。
 佐竹さん以外のメンバーは、DMO立ち上げ前からこの町にいた人ばかりで、泉さん以外にも大手IT企業で物流のシステム開発などを経験した人など高い専門スキルを持ったスタッフが複数働いています。スタッフの多くは美瑛町の自然豊かな景観に惹かれて移住した人で、地域で働くうちにDMOに関わるようになりました。
 いずれもDMO立ち上げのために域外から招聘したメンバーではないことから、ほかのどこにもないまちの魅力が、有能な若手人材を集める力になっていました。
 今春に新規採用した2人は地域内出身で、海外経験のある若手です。インバウンドが急増したため、情報発信、受付対応など、さまざまな場所で多言語対応のニーズが高まっていたことが背景にあります。  「この町が30年にわたって培ってきた魅力があってこそ、こういうスタッフが集まるのです。私にとっても第二の故郷になりました」と佐竹さんは話してくれました。

(DMO推進担当から一言)
 この地域には約50軒のペンション等があり、宿泊の一翼を担っています。「スローライフを求めてやってきた人たちが多いだけに、あまり積極的に宿泊客を集めることをしないのがこの地域の特徴」と、佐竹さんは笑います。まさに、この地域の特性が表れています。農業景観の素晴らしさを知り、独自の文化をつくろうとする地域人、地域の魅力を感じて集まる人、その2つの力がそろって、美瑛の観光まちづくりが成り立っていると感じました。

〈DMOプロフィ-ル〉
・設立 2012年10月(日本版DMO登録 2018年12月)
・所在地 北海道上川郡美瑛町
・マネジメント区域 北海道上川郡美瑛町
・代表理事 角和浩幸(美瑛町長)
・連携する主な事業者
(一社)美瑛町観光協会、(有)美瑛物産公社、美瑛町商工会、JAびえい、JR北海道(株)、道北バス(株)、美瑛ハイヤー(株)、(一財)美瑛町農業振興機構、びえい白金温泉観光組合、NPO美瑛町写真映像協会、(株)北海道宝島旅行社