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2019.06.07

【第24回】DMO先進事例に学ぶ
ケース20:一般社団法人気仙沼地域戦略
(地域DMO)


市民の力を集め、観光で稼げる震災復興を目指す

菅原明彦理事長
菅原明彦理事長

 東日本大震災による地域経済の崩壊を食い止め、観光まちづくりによる地域再生を目指した宮城県気仙沼市。その中核となるのが地域DMOの(一社)気仙沼地域戦略です。“水産のまち”の観光プラットフォームの基盤をつくり、「クルーカード」で本格的なマーケティングに取り組んでいます。

●水産のまちから、観光と水産のまちへ
 宮城県気仙沼市は気仙沼港というわが国有数の水産基地を持ち、水産業で栄えてきたまちです。
 しかし、2011年の東日本大震災は水産事業に大きな被害を与え、事業所の80%以上が被災しました。
 水産のまちを復活させるには、ハード整備への莫大な投資と長い時間が必要です。そこで考えられたのが、水産業と地域の素晴らしい景観を活かした観光によるまちづくりでした。2011年10月の市震災復興計画でこの方針が示され、2012年3月には市観光戦略会議が立ち上げられました。
 そこで掲げられたのが
① 気仙沼ならではのオンリーワンコンテンツを活かした誘客戦略
② 水産業と観光業の連携・融合による新たな付加価値創造戦略 という二つのテーマでした。
 水産業と観光を結びつけ、付加価値をつくり上げることで、ほかにない魅力を創造することが目指されました。そして、これらを実践するために新組織「(一社)リアス観光創造プラットフォーム」が設立されました。

●観光プラットフォームを考えた組織づくり
 震災前の気仙沼では、観光事業は観光事業者を中心に動いていましたが、震災の後は、一般市民が語り部となるなど、市民による市民のための交流活動が育ち始めました。風光明媚なだけでは観光誘致は発展しません。新組織のリアス観光創造プラットフォームを通し、やがて市民中心の観光商品の開発につながっていきました。地域独自のコンセプトをつくり、商品をつくり、人づくりもし、しくみもつくる取り組みが始まりました。
「このしくみをつくり上げる過程でさまざまな研究を行いました。海外のDMOという存在を知り、スイスのツェルマットやニュージーランドなどを視察しました。模索を重ねる中でわが国でも日本版DMOが始まろうとしていることを知りました。2017年4月、DMOの中核的機能を担うためにリアス観光創造プラットフォームを改組して、気仙沼地域戦略がつくられました」と菅原昭彦理事長は話します。

気仙沼観光推進機構 マネジメントの仕組み
気仙沼観光推進機構 マネジメントの仕組み

一大漁港を擁す気仙沼湾。東日本大震災で事業所の8割以上が被災した
一大漁港を擁す気仙沼湾。東日本大震災で事業所の8割以上が被災した

●観光に関するほぼすべてを
気仙沼観光推進機構がまとめる

  DMOの「M」はマネジメントとマーケティングです。気仙沼ではこの二つの意味にあわせ別々の組織をつくりました。
「マネジメント」は全体の管理・経営にあたり、気仙沼観光推進機構が担います。観光に関わる団体の代表者が集まるもので、観光全般にわたる意志決定を行う組織です。現在、気仙沼市、気仙沼商工会議所、気仙沼観光コンベンション協会、気仙沼地域戦略、本吉唐桑商工会が幹事会を構成。2か月に1回程度開催される幹事会には市長をはじめ、各組織のトップが出席し、方向性を共有し、市の年間予算も含めて、観光に関わるほぼすべてをまとめていく権限を持っています。その内容は幹事会開催以前に実務担当者が具体的な検討を重ねた上で提案されています。

●役割分担を明確にし、無駄をなくす
 「マーケティング」はDMO(一社)気仙沼地域戦略が担います。
 気仙沼地域戦略の結成にあたり、気仙沼市、観光コンベンション協会、商工会議所、リアス観光創造プラットフォームら関係者で議論を重ね、既存組織の業務の棚卸を行ったところ、重複と欠落が明確になりました。例えば「誘客営業」「受入れ」は市行政と観光コンベンション協会が、「商品開発」は観光コンベンション協会とリアス観光創造プラットフォームが、「情報発信」「イベント対応」は全者が、業務として担っていました。当時、パンフレットなどは30種類ほど発行されていました。役割分担が不明確で、無駄の多さが明らかになったのです。
 これらの役割、機能を整理し、統括することが新しい組織に求められました。その役割は本来市にあるべきでしょうが、現実には専門知識や専従職員などが必要です。そこでリアス観光創造プラットフォームを改組し、DMO組織の「気仙沼地域戦略」を立ち上げることになりました。この組織に求められるものは、地域の観光戦略をつくり、地域を観光によって活性化させること。組織自体の収益は求めないことになりました。
 マーケティングのスタートにあたりターゲット調査を開始すると、PRを都市部中心に行っても実際は近隣市町村層からの来客が多かったなど、見込みと実際が異なることが少なからず出てきました。
「漠然とした感覚で議論しても意味がない、場当たり的、情緒的な感覚の行動は止めよう。地域の合意を形成するには、理論的にマーケティングを重視する、そう結論が出たのです」と菅原理事長は話します。
 気仙沼市の観光事業の重点テーマは、①「商品」をつくる、②「人」をつくる、③「しくみ」をつくる、の三つ。気仙沼地域戦略は、これらを具体化するために「観光商品の開発」「市民の観光意識の醸成」「マーケティング人材の育成」「マネジメント人材の育成」「DMOの構築と運用」を担っています。

「海と生きる」をキャッチフレーズに掲げる気仙沼では、オンリーワンづくりとして水揚げ量日本一のメカジキを目玉商品にしている。季節に合わせたイベントを開催し、食と景観を組み合わせてコンテンツづくりを進めている。
国内の水揚げ量70%を占める気仙沼のメカジキ
メカジキをしゃぶしゃぶで食す「メカしゃぶ」
国内の水揚げ量70%を占める
気仙沼のメカジキ
メカジキをしゃぶしゃぶで食す
「メカしゃぶ」

●新しい発想の商品開発とまちのオンリーワンづくり
 気仙沼といえば現在も「水産のまち」。気仙沼市のキャッチフレーズは「海と生きる」であり、この意識を中心に商品開発に取り組んでいます。現在もカツオ、メカジキ、サメの水揚げは日本一で、優れた加工技術や造船技術を持ち、リアス式海岸などの美しい自然景観もあります。
 しかし、観光事業では、それら全部を一列に並べても高い効果は期待できません。そこで、新しい発想でオンリーワンづくりをしていくことになりました。
 その一つが「メカジキ」です。三陸沖はメカジキの世界3大漁場に数えられ、夏場の「突きん棒漁」など見せ場もあって味もいいと、目玉商品にできる存在でした。季節に合わせたイベントを行ったり、食と景観を組み合わせるなどして人気のコンテンツに育てています。
 また、地域の産業観光、楽しいイベントなどを気軽に体験してもらうツアー商品「ちょいのぞき」も人気です。主に土日を中心に見どころを商品として開発しました。漁業関係事業者から提案された「函屋探検」「氷屋探検」なども好評です。魚箱を8メートルも積み上げて運ぶ職人技を見学し自分でも体験したり、魚の鮮度維持に使われる135kgの巨大氷の世界を見て氷切断用のノコギリから出た氷片をかき氷として試食したりと、以前は考えられなかったこのような体験が気仙沼の観光を変えつつあります。
 また、平日利用や小人数利用のための「ちょいのぞきセレクト」も、ユーザーのさまざまなニーズに合わせて改良を始めました。

工場見学や職場体験などが体験できる観光商品「ちょいのぞき気仙沼」。漁業関係の事業者も参加し、魚の出荷に用いる発泡スチロールの「魚箱」を積み重ねて運ぶ「函屋探検」や漁師めしの調理・試食を行う「漁師ぐらし体験。」など、他では体験できない充実のコンテンツが盛り込まれている。
国内の水揚げ量70%を占める気仙沼のメカジキ
メカジキをしゃぶしゃぶで食す「メカしゃぶ」
メカジキをしゃぶしゃぶで食す「メカしゃぶ」
135㎏の巨大氷をのこぎりで
切断する「氷屋体験」
魚市場を見学し、
復興過程も解説
「ちょいのぞき気仙沼」
のコンテンツ

●「クルーカード」を核にマーケティングを展開
 観光を理論的かつ具体的に行うために取り組んだのが「クルーカード」の導入でした。
 カード自体はいわゆるポイントカードと同じしくみで、利用者は購入するたびにポイントが貯まり、金銭と同様に利用できるものです。域内の商店等が加盟店となり、購入の際に利用してもらうことで、利用者の属性や嗜好などを調査し、事業者がその情報を新たな商業活動に活用できるツールとなっています。
 参加事業者のメリットには、利用者に安心してお買い物をしていただける信頼の付与と、利用者のさまざまな情報データを取得できることが挙げられます。この情報を分析し、商品にあった利用者層に集中的にDMを出したり、個々の利用者へ直接メールマガジン等でアプローチすることも可能になります。データを得ることは自社の仕事に付加価値をつけ、単価を上げることにつながります。
 導入からほぼ2年経ち、1年経過したころから分析データの有効性が明確に出ています。
 気仙沼地域戦略では、この「クルーカード」システムへの参加のメリットやその利用方法などの説明を通じ、利用事業者の拡大を進めています。

2年前に導入したクルーカード。HPで加盟店が調べられる 2年前に導入したクルーカード。HPで加盟店が調べられる
2年前に導入したクルーカード。HPで加盟店が調べられる

クルーカードに参加している店舗の前には看板が立つ。参加事業者はクルーカードからマーケティングに活用できる情報を得られる
クルーカードに参加している店舗の前には看板が立つ。
参加事業者はクルーカードからマーケティングに活用できる情報を得られる

(DMO推進室より一言)
 気仙沼は今も水産のまちですが、震災を乗り越えようと、観光が新しい活力を生み出しています。市民参加による、固定観念に捉われない発想が停滞を打ち破る鍵になっていました。
 DMO気仙沼地域戦略は、気仙沼観光推進機構と両輪の体制で地域観光を担っています。組織を分け、明確に役割を分担することで互いに補完しあい、スリムで実行力のある構造ができているのでしょう。

〈DMOプロフィ-ル〉
・設立 2017年3月
・所在地 宮城県気仙沼市
・マネジメント区域 宮城県気仙沼市
・代表者 菅原昭彦(理事長)
・職員 5人
・連携する主な事業者
気仙沼市、(一社)気仙沼市商工会議所、気仙沼観光コンベンション協会、本吉唐桑商工会、地区観光協会、物産振興協会、気仙沼市商店街連合会、JA南三陸、気仙沼漁業協同組合、気仙沼遠洋漁業共同組合、宮城県漁業協同組合、宮城県北部鰹鮪漁業組合、気仙沼魚市場買受人協会、スローフード気仙沼、気仙沼信用金庫 など