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2019.02.07

【第22回】DMO先進事例に学ぶ
ケース18:一般社団法人山陰インバウンド機構
(広域連携DMO)


ゲートウェイ戦略で潜在層にリーチし、外国人観光客を呼び込む

 鳥取県から島根県、山口県萩市に至る山陰地方は、出雲大社や石見銀山、鳥取砂丘やジオパークなど、古代からの歴史、文化、自然が色濃く残るエリアです。広域連携DMOの(一社)山陰インバウンド機構は、東西に長いこの地域を「縁の道」として提案し、外国人観光客の呼び込みに力を入れています。

●外国人観光客の増加に向けゲートウェイ戦略を描く
 山陰インバウンド機構は、2016年4月に任意団体として設立されました。2017年10月の一般社団法人化を機に、実施体制を変更し、現在は職員派遣を要請した行政、交通事業者、旅行業者、金融機関などの多様な関係者が理事として経営に参画しています。

 山陰への観光客は、2008年からの出雲大社の「平成の大遷宮」をきっかけに増加し、近年は『名探偵コナン』などのマンガや「ご縁」をテーマにした鳥取・島根両県の情報発信により、知名度も高まってきました。
 一方、外国人観光客は、国際定期便やクルーズ客船の増加により、徐々に増えていますが、2017年の外国人延べ宿泊者数は両県合わせて20.3万人(平成29年度実績)と、全国シェアの約0.2%に留まっています。

 こうした中、2020年の40万人泊を目指す同機構では、両県で5つの空港を擁す地の利も生かし、「ゲートウェイ戦略」を打ち出しました。外国人観光客を顕在層と潜在層に分け、それぞれに適したマーケティングとプロモーションを行っています。
「顕在層は、現在国際定期便やクルーズ船で米子に着く韓国・香港の観光客。山陰の認知度も上がってきていて、現地でしっかりPRし、適切なプロモーションを行えば、着実な誘客につながっていきます」と福井善朗代表理事は話します。

福井善朗代表理事
福井善朗代表理事

 それに対し潜在層は、まだうまくリーチできていない、他府県から流れてくる個人旅行者(FIT)です。最近は、主に大阪や広島から山陰を訪れるFITが増えています。
「彼らを取り込むには、FIT向けのPRやプロモーションが必要ですが、国別に行うのは効率が悪い。そこでゲートウェイごとに戦略を立てていくことにしました」

山陰インバウンド機構の「ゲートウェイ戦略」

潜在層を取り込むゲートウェイは大きく3つに分けられています。
 1つ目は、関西国際空港です。ジェットスター、春秋航空、エアアジアなど近距離のLCCが多く発着しており、台湾、中国、タイからの観光客が見込まれています。
 2つ目は、岡山空港、広島空港です。特に県北にある広島空港は山陰に近いため、山陰にとってのアドバンテージになると考えられています。シンガポールからの定期便も2016年から始まり、この2つの空港から、台湾、シンガポール、マレーシア、インドネシアの観光客の獲得を目指しています。
 3つ目は、羽田空港、成田空港です。東京から地方へ向かう欧米豪の観光客を取り込みたいと考えています。

「欧米客にヒアリングすると、石見神楽や隠岐諸島、たたら製鉄の歴史文化などは非常に評価が高く、彼らを呼び込む要素になると考えています。東京のゲートウェイは2020年の東京五輪以降も非常に大切だと捉えています」

欧米客の評価が高い石見神楽
欧米客の評価が高い石見神楽

●外国人のネットワークで山陰の情報を発信
 こうした山陰の真の魅力を海外に発信するため、同機構では、インバウンド目的のネットワークを構築してきました。

欧米客の評価が高い石見神楽

 着地側で組織されたのが、山陰国際観光サポーターズです。山陰に在住する国際交流員や英語教師、山陰地域限定特例通訳案内士らで横のつながりをつくり、地方に残る日本ならではの歴史や文化、自然資源を発信しています。隠岐諸島にある西ノ島町観光協会のニュージーランド人職員もその一人で、隠岐の素晴らしさをウェブで伝えてきたことで、近年は同国からの観光客が増加しています。
 発地側で組織されたのは、日本や日本人のことをもっと知りたい外国人に向け、質の高い情報を発信するネットワークです。
 首都圏在住の米国人記者を中心に、ジャーナリストや刀剣専門家、写真家、映像作家がつながり、それぞれが持つメディアやSNSを通じて情報を発信しています。

「山陰国際観光サポーターズは2年目で約80名集まりました。彼らに共通しているのは、山陰は素晴らしい地域だから誰かに紹介したいという思いです。今までは横のつながりがなかったため、組織化したことに非常に感謝されました。これは日本人を介さないインバウンドによるインバウンド誘致の仕組みで、全国各地で応用できると思います」

●地元企業のインバウンド進出を促す
 同機構のビジネスモデルの特徴は、「事業者の育成」と「事業機会の創出」にあります。
「広島や大阪のように何百万人、何千万人の外国人客が集まる地域であればDMOが直接稼ぐ選択肢もありますが、年間20万人泊の山陰ではなかなか難しい。むしろ、地元企業がインバウンドに進出して事業を拡大させたり、観光人材が増えていく方がこの地域ではインパクトが大きいと思います」

 事業者の育成のため、同機構ではインバウンドビジネス中核人材育成セミナーや山陰地域限定特例通訳案内士の養成・スキルアップ研修を実施しています。セミナーでは、岐阜県飛騨古川の(株)美ら地球代表の山田拓氏をコーディネーターに迎え、インバウンドビジネスの起業や展開を考える事業者をバックアップしてきました。

 一方、事業機会の創出では、外国人観光客の回遊を促す「Visit San’in Tourist Pass」や「クルーズ客船向けのデマンドタクシー」を実施しています。「Visit San’in Tourist Pass」は、スマートフォンにダウンロードすると入館料が半額になるアプリで、周囲の店舗の情報なども表示されます。これにより行動分析のデータが蓄積され、店舗のPRの機会も増えています。

欧米客の評価が高い石見神楽
山陰の有名施設の入館料が割引される「Visit San’in Tourist Pass」の紹介動画

 さらに、企業の参画を促すため、同機構では地元企業とパートナーシップ協定を締結しています。協定を結んだ今井書店では、コンテンツ作りの強みを生かし、外国人向けの情報冊子を作成しました。観光事業者以外の企業の参画も少しずつ増えています。

●企業と協業して事業を作りボトムアップ式に課題を解決
 設立から3年目を迎え、事業を推進する職員の仕事にも変化が現れてきました。
「一年目は、両県がすでに持つ課題を割り振っていましたが、現在はどちらかというとボトムアップ式です。山陰のインバウンドの課題を解決するための事業を各企業に考えてもらい、協業しながら事業を作っています」と福井代表理事。
 協業が増える中、県との連携だけでなく、地域DMO、地元企業・団体、地域住民、地域外の企業との連携がより重要になってきています。

(DMO推進室から一言)
 今回取材をしていて特に興味深く感じたのは、「呼ばれればどこにでも行く」そして、地域を「説得する」ではなく、「納得させる」という福井代表理事の言葉でした。地域における合意形成が課題となる中で、広域地域の発展を目指しながら真摯にエリア内の各地域と向き合われる姿には感じるものがありました。自分の熱量をかけ地域を納得させる人財がいる山陰インバウンド機構は今後更なる発展を遂げていくことでしょう。

〈概要〉
設立:平成28年4月(任意団体として)、平成29年10月一般社団法人化、DMO認定
所在地:鳥取県米子市
マネジメント区域:鳥取県、島根県
会長:田川博己(JTB会長)
代表理事:福井善朗
職員:16人

■連携する主な事業者
(参加団体)
経済団体、金融機関、交通事業者、旅行会社、情報・通信業、地元観光団体、行政
(連携する団体)
鳥取県及び島根県内市町村、両県の旅館ホテル組合と観光協会