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2016.09.29

【第6回】DMO先進事例に学ぶ
ケース2:墨田区観光協会(地域DMO)


日本版DMO候補法人の登録数も既に100を超えましたが、合意形成や役割分担、財源確保などをどのように行っていけばいいのか、悩んでいる地域も多いと思います。既にDMO的な組織づくりを進めて来た団体を先進事例として学ぶことは、今後の方向性を 考える上で役立つと言えます。
 ケーススタディの2回目として平成21年に設立し、地域DMOの第1弾登録を行った一般社団法人墨田区観光協会の事務局次長を務める永野昌志さんにお話を伺いました。


●区からの補助金ゼロを目指し、平成21年に一般社団法人として設立

 墨田区観光協会の現在の職員数は52名、うち正規職員は22名です。旅行会社や銀行からの出向者はいますが、墨田区から出向している職員はいません。事務局次長の永野昌志さん(写真)は三越で37年間勤務した後、平成22年からこの観光協会に勤め、平成28年1月より日本版DMO候補法人としての責任者を務めています。

事務局次長の永野昌志さん

墨田区観光協会の前身は昭和58年に設立された区の外郭団体、墨田区文化観光協会です。コンサート開催や観光案内など、文化・観光の両方を振興する役割を担っていました。平成18年、区内に東京スカイツリー®の建設が決まると、墨田区では観光に対する機運が大きく高まります。そこで観光振興の機能を発展強化させるため、墨田区文化観光協会を解散し、平成21年5月に「一般社団法人墨田区観光協会」が設立されました。

 観光協会の法人化については、「民間の発想を導入し、自ら稼げる組織を目指したい」という当時の区長の強い意向がありました。「区の補助金をゼロにし、経済的な自立が大きなミッションでした」と永野さんは語ります。

 墨田区観光協会は設立から2年間は墨田区からの補助金を受けていましたが、3年目の平成24年5月に東京スカイツリー®が開業します。同時に墨田区が東京スカイツリータウン®内の商業施設にオープンしたのが「産業観光プラザ すみだ まち処」(以下すみだまち処)でした。
 約650㎡の広々としたフロアでは、墨田区の地域ブランド「すみだモダン」の認証商品の販売を行っているほか、喫茶コーナーやイベントスペースなども併設しています。

すみだまち処

墨田区観光協会はこのすみだまち処の運営を区から委託され、物販などの売上は自主事業収入として計上することになりました。東京スカイツリー®が新しい観光スポットとして大人気となったことに伴い、すみだまち処の売上も好調で、平成24年度の自主事業収入は4億3600万円に達しました。これを受けて観光協会は設立3年目で区の補助金を返上し、以降も補助金ゼロで運営しています。

 では、墨田区観光協会の現在の収入内訳はどうなっているのでしょうか。平成27年度の総収入は約5億3600万円で、このうち自主事業収入は約2億9100万円、墨田区からの委託事業の収入は2億3600万円、後は会費収入と企業からの寄附などです。

 自主事業収入の中で約7割と、今も最も大きな割合を占めるのがすみだまち処の売上です。残りの約3割は江戸東京博物館内の観光コーナーショップでの売上、着地型旅行商品や街歩きガイドツアーの販売、観光マップの制作販売や広告収入となっています。

 委託事業の収入は、すみだまち処と江戸東京博物館内のショップ運営、区内4カ所に置かれた観光案内所の運営でほぼ半々ずつを占めており、すみだまち処には観光協会の職員の約半数が配置されています。このほか、フィルムコミッション活動なども区から委託を受けています。
 永野さんは「今後はものづくりが強い地域性を活かして産業観光により力を入れ、修学旅行などに積極的に売り込むことで、自主事業の収入比率を少しずつ上げていきたい」としています。

●「地域のパイプ役」を中核に据え、多彩なプレイヤーが理事を務める

 墨田区観光協会のもう一つのミッションは、多種多様な関係者を巻き込むことでした。「ものづくりがさかんな区なので中小の町工場をはじめ、さまざまな事業者や団体が存在します。観光をキーワードに、できるだけ多くの方に参加いただこうと考えました」と永野さん。

 理事は設立当初、10名強でしたが現在は26名に増えており、東武鉄道や東京スカイツリー®、東武ホテルレバント東京などの観光関連業者、中小企業からライオンやアサヒビールといった大企業まで多彩な顔ぶれが揃います。月1回開催される理事会は出席率が70~80%で、協会の運営報告と理事からのアドバイスが行われます。

設立以来、理事長を務めるのは大正時代に創業した飲料メーカー、株式会社丸源飲料工業の4代目の阿部貴明代表取締役社長です。区内の商工業だけでなく観光や教育にも造詣が深く、さまざまな人を柔軟に結びつける「地域のパイプ役」に適任として改選され続け、今も東京商工会議所墨田支部会長と兼任しています。観光業者にこだわらず、多方面にネットワークを持ち、地域で信頼される人材を適所に据えることもDMOに不可欠な要件と言えます。

●区と共同で策定した観光振興プランがDMOの目標に

 墨田区は平成27年4月、東京五輪が開催される2020年までの6年間を対象期間とする「墨田区観光振興プラン」を策定しました。

https://www.city.sumida.lg.jp/bunka_kanko/annnai/shinkouplan.files/sumidakuhon
npenn.pdf
(本編)
http://www.city.sumida.lg.jp/bunka_kanko/annnai/shinkouplan.files/gaiyouban.pdf(概要版)


墨田区観光振興プラン
写真1キャプ)墨田区観光振興プランの表紙

このプランでは、5つの基本戦略に基づく28の基本施策が設定されています。例えば、基本戦略の一つである戦略IIIの「産業と観光の融合」の2番目には、「ものづくりのブランド力を活かした新たな誘客」という基本施策が設けられています。これは、自主事業の増収策として永野さんが述べた「ものづくりが強い地域性を活かして産業観光に力を入れる」という目標に合致しています。

28の基本施策
写真2キャプ)墨田区観光振興プランで設定されている28の基本施策。ピンクの部分は「国際観光都市すみだ」を目指す取り組み

「我々観光協会も策定段階から参画し、各項目について『いつまでに何をやる』というタイムスケジュールを内部的に設けています。区はハード面、我々観光協会はソフト面と役割を分担し、観光振興プランを行程表として取り組みを進めていく形です」と永野さん。

 例えば戦略Iの「観光プロモーションの充実」に掲げられている「他地域との広域連携による情報発信」、「MICEの誘致」など6つの基本施策はほとんどがソフト面での取り組みなので、観光協会が中心となって担当します。
 一方、戦略IVの「水都すみだの再生」で掲げられている「水辺空間を活用した賑わいの創出」「舟運を活用した回遊性向上と新たな魅力づくり」はハード面の整備が中心となるので、墨田区が担当するという形です。

 この基本施策はDMOとしての目標になっており、登録申請の際に提出したシートにも反映されています。「DMOの候補法人の登録にあたり、新たに何かを決めるということはなかった」とのこと。区と墨田区観光協会が共同で策定した観光振興計画が、そのままDMOとして達成すべきターゲットになっているため、対外的にもシンプルでわかりやすいと言えます。

●近隣2区と合同プロモーション、町内会やNPOに情報発信の場を提供

 墨田区観光協会は、近隣区との連携や情報交換も積極的に行っています。江東区、台東区とは隔月で会議を開催しており、平成22年からは年に1度、地方都市で3区による合同プロモーションを行うのが恒例となっています。「昨年度はJR札幌駅にイベントスペースを設置し、駅に来る方達にPRを行いました。東京スカイツリー®などの事業者も同行します」。今年も12月下旬に実施されます。

 また、台東区とは月に1度のペースで意見交換会を行っています。平成27年には、福島県の会津若松と墨田区・台東区が連携し、インバウンドをメインターゲットとした周遊マップを作成しました。
 浅草を出発地として東武鉄道で移動し、会津の周遊を提案するという内容で、モデルコースや出発地近辺の浅草、押上、両国の観光スポットが紹介されています。日本語版のほかに英語、繁体字の2カ国語版を作成し、区内の観光案内所などで配布を行いました。

周遊マップ
写真キャプ3)会津若松と墨田区・台東区が共同制作した周遊マップ

「インバウンド誘致をはじめ、一つの区が単独で観光振興を行うのはどうしても限界があります。近隣同士はもちろん、会津とのケースのようにさまざまな発想で他の地域と連携し、お互いにとって相乗効果が出せれば」と永野さんは語ります。

 そして、平成28年度から始めた新たな取り組みが、住民との連携強化です。
「観光協会のホームページに、区内で開かれるイベントの日程や内容をアップする『街のトピックス』というコーナーを作りました。IDナンバーを町内会や商店街、NPOに渡し、自由に内容は書き込んでもらえるようにしています」。

街のトピックス
写真キャプ4)墨田区観光協会ホームページに設けられた「街のトピックス」コーナー

書き込まれる内容は、町内会が行うお祭りや商店街のセールなどさまざま。いわば電子版の町内掲示板というイメージです。「住民レベルで行われるいろいろな催しの日程を墨田区以外の人も見られるようにして、足を運んでもらうきっかけにしたい」と永野さん。
 これは墨田区観光振興プランの戦略I-5「イべント情報の一元管理と情報発信」の施策展開である「区内で開催される各種イベントの情報を一元管理する仕組みの構築」「各種イベントの情報を観光客が容易に取得できる仕組みの構築」を具体化した取り組みと言えます。

 また、墨田区の人口は現在26万人を超えており、平成12年以降、世帯数・人口ともに増加を続けています。工場跡地などに建てられるマンションが増えていることに伴い、新たに移り住む若いファミリー層が増えているとのこと。地域に密着した情報発信には「新しい住民の方たちに、墨田区を知ってもらうきっかけになれば」という期待もこめられています。

 お話を伺う中で、永野さんがたびたび繰り返されていたのが「DMOになるからといって、何か特別なことをするわけではない。我々の取り組みは今までと変わらない」という言葉でした。もともと墨田区観光協会が目指していた方向性と、日本版DMOの理念が合致しており、候補法人の登録もこれまで行ってきたことの自然な延長線上にあると言えます。

 観光振興プランに策定段階から関わるなど、墨田区との関係が対等であり、役割分担が明確なことも、墨田区観光協会の大きな特徴と言えます。DMOの役割を果たす観光協会の新しいあり方を示していると言えるのではないでしょうか。