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2016.08.05

【第5回 ~後編~】DMO先進事例に学ぶ
ケース1:秩父地域おもてなし観光公社(地域連携DMO)


日本版DMO候補法人の登録数も100に迫ろうとする中、合意形成や役割分担、財源確保などをどのように行っていけばいいのか、悩んでいる地域も多いと思います。既にDMO的な組織づくりを進めて来た団体を先進事例として学ぶことは、今後の方向性を 考える上で役立つと言えます。

 ケーススタディの1回目として、平成24年に設立し、地域連携DMOの第一弾登録を行った一般社団法人秩父地域おもてなし観光公社事務局長の 井上正幸さんにお話を伺いました。前・後編の2回に分け、後編では財源や人材確保、合意形成、観光協会との役割分担など、日本版DMOに必要な 要素を項目別に紹介します。


●財源~ちちぶ定住自立圏の負担金を基盤に「稼ぐ力」を強化

 秩父地域おもてなし観光公社が「稼ぐ柱」とする主な事業が、前編で紹介したレンタサイクル事業や修学旅行の民泊受け入れ、着地型旅行、そして後の項目でふれる物産開発です。
 日本版DMOの候補法人登録申請の際、秩父地域おもてなし観光公社が提出した形成・確立計画シートを見ると、平成27年度の総収入は約7270万円。この中で最も大きな割合を占めるのが収益事業収入2760万円、このほかに秩父市負担金(定住自立圏)という項目があり、1420万円となっています。

 ちちぶ定住自立圏は取り組む分野として医療や教育、交通など20項目を掲げており、観光についての項目が前編でも紹介した「滞在型観光の促進」、「外国人観光客の増加」、「地域ブランド確立と特産品の販売促進」の3点です。その大前提として、観光が就業機会の拡大や定住人口の増加につながるという地域の共通認識があると言えます。

 「この3項目を担当するのが秩父地域おもてなし観光公社という位置づけから、観光公社はちちぶ定住自立圏の負担金の一部で運営しています。他の項目との配分が変わるので金額は年度により異なりますが、ちちぶ定住自立圏という枠組みがある限り交付は続きます。安定した財源があるのは恵まれていると思います」と井上さん。

事務局長を務める井上正幸さん

今年度以降の見通しを見ると、平成28年度は2200万円、29年度は1500万円、30年度は1800万円と確かに増減はありますが、財源の一つの柱になっていることがわかります。
 「だからこそ公益性のある事業を行う義務があると言えます。この安定財源を基盤に新規事業に取り組み、稼ぐ事業のシェアを少しずつ増やしたい」。収益事業の収入は、平成28年度は3000万円、29年度は3500万円、30年度は3800万円という見通しを立てています。


●人材確保~参加市町村から派遣 中小企業庁「ふるさとプロデューサー」も活用

 もう一つ、「恵まれている」と井上さんがいうのが人材確保です。現在、秩父地域おもてなし観光公社には、ちちぶ定住自立圏の参加市町から1人ずつスタッフが派遣されています。
 組織の立ち上げ当初(平成24年度~26年度)は井上さんのほか、総務省の「若手企業人交流プログラム」の活用により西武鉄道、近畿日本ツーリストから秩父市に派遣された若手職員2名で運営していましたが、社団法人に移行するタイミングで連携する各町長の理解のもと、平成26年度に2町、もう2町と徐々に増え、平成27年度には1市4町の人材が揃いました。

 人件費は各自治体が負担する形ですが、ここから一歩進み「人件費は収益事業で稼ぎ上げ、自分たちで賄える形にしたい」というのが、秩父地域おもてなし観光公社がDMOとして目指す当面の目標です。

 このほか、平成27年度から始まった中小企業庁の「ふるさとプロデューサー育成支援事業」制度も活用しています。これは地域資源を活かした新商品やサービスを開発する人材を育成するため、地域の事業所や団体が研修生を受け入れてOJTを行う事業で、受入れ先には年間100日間のOJT代として170万円が支給されました。
※平成28年度も継続しているが、OJT代などの制度変更あり。

 研修を終えた第一期生は今も観光公社のオフィスに不定期で通っており、井上さんは「人的なネットワークも広がるので、こうした国の支援メニューは積極的に活用していきたい」としています。


●関係者の合意形成とチェック機能~観光担当課長会議がチェック役に

 秩父地域おもてなし観光公社では、4市1町の観光協会長、首長、商工会議所会頭が理事として名を連ね、理事会は年に3回ほど行われます。「合意形成というより、現在進めている事業について報告し、了承を得る報告の場となっています」と井上さん。

 理事会の前には、観光担当課長会議の開催がほぼ恒例になっています。4市1町の観光担当の課長が一同に会する会議でよりきめ細かく、事業について精査します。「PDCAのチェック機能をこの会議が担っていると言えます。各市町は観光公社の運営に対してお金も人も出しているので、その役割は妥当だと思います」。

 形成・確立計画シートには、西武鉄道、秩父旅館業協同組合や商工会などが連携先として書かれていますが「シートに列記されている関係者が一同に介することはなく、個別の案件ごとにあたる形」とのことです。


●観光協会との役割分担~来訪者へのアンケートを委託

 秩父地域おもてなし観光公社が設立後も、1市4町の観光協会は引き続き存続しており、レンタサイクル業務を委託していることは前編で紹介しましたが、そのほかの役割分担はどうしているのでしょうか。

 「観光関連のパンフレットは市町村単位のものは行政、秩父地域全域のものは公社が作り、それを観光協会の観光案内所などで配布しています。新たに今年4月から始めたのが、対人アンケートです」と井上さん。秩父地域おもてなし観光公社がDMOとして活動していくにあたり、来訪者の消費額やリピート率などのデータはマーケティングやKPIの策定に不可欠です。そうしたデータをとるためのアンケートを、観光案内所を訪れる観光客に対して実施することにしました。

 「このアンケートは観光公社から、1町4市の観光協会に対して業務委託する形で、1枚単価を設定し委託費を支払います。協力者に渡す景品も観光公社で用意しています。各観光案内所はビジット・ジャパン案内所(注)でもあるので、外国人にもアンケートを行っており、 回収する数は日本人、外国人それぞれ月に何枚と上限を決めています」

(注)日本政府観光局(JNTO)が認定する外国人向けの観光案内所


●インバウンド~誰でも自由に意見が言える会議を月1回開催

秩父地域おもてなし観光公社の存在が地域に認知されてくると、住民や地域の有力者などいろいろな人が提案や意見を寄せるようになりました。中でも多かったのがインバウンド誘致についてです。そこで、自由に意見を言える場として今年3月からスタートしたのが「秩父インバウンドコア会議」です。

 住民や事業者など、立場を問わず誰でも参加できるオープンな会議で、出入りも自由。毎月開催で「最初は10名くらいでしたが、今は40名くらい参加しています」(井上さん)。特に、旅行会社やネット事業者など、多様な大手企業が熱心に参加するようになったそうです。「行政スタッフは、そういう方達と普段会うことがないので、勉強になっています。企業の方には、ビジネスに関する提案を自由にしていただいています」

秩父インバウンドコア会議

井上さんは「会議で出た意見をもとに、ターゲット国などインバウンド事業の方向性を定めたい」としており、 計画書の骨子作りをスタートしました。こうした試みはあまり例がなく、ユニークな取り組みとして外部からも注目されています。


●地域産品への取り組み~コーディネートにより新たな付加価値を生み出す

 秩父地域おもてなし観光公社がDMOとして今後強化したいと考えているのが、地域産品の開発や支援です。既に一つの事例も生まれています。秩父地域では自生するカエデから採取したメープルシロップを使った商品開発を進めていますが、その発信拠点として今年4月に「メープルベース」というカフェ・ショップがオープンしました(下の写真2点)。 メープルベース1 メープルベース2
平成28年4月、秩父観光土産品協同組合がオープンした「メープルベース」の店内


運営を行うのは秩父観光土産品協同組合で、開業にあたっては独立行政法人・中小企業基盤整備機構の助成を受けており、両者のマッチングを秩父地域おもてなし観光公社が行いました。この事業に関わったことが、観光公社で「ふるさとプロデューサー」を受け入れるきっかけにもなりました。

秩父地域おもてなし観光公社

また、西武鉄道が今年4月からレストラン列車を運行開始したことに伴い、手土産の開発も進めており、地元産紅茶を使ったカステラと 地元名産の布地「秩父ちぢみ」を使用した風呂敷を組み合わせて「秩父らしさ」を演出しています。井上さんはこうした取り組みについて、次のように述べています。

 「ゼロから産品を作り出すというより、既に地域にあるものを結びつけるなど『コーディネート』が新たな付加価値を生み、重要な収益の柱になると考えています。地域産品に関わる取り組みは売上額が明確なので、PDCAが回しやすいというメリットもあります。地元の関係者にDMOという概念が浸透することで、『地域で稼ぐ』というイメージを共有しやすくなるのではないでしょうか」

 秩父地域おもてなし観光公社では、日本版DMOの候補法人申請以前から、観光地域づくりの大きな課題である多様な関係者の巻き込みを積極的に行っており、かなり実現できていると言えます。

「地域は総論賛成、でも各論反対というケースが多い」というのが、これまでの経験を通じて得た井上さんの持論です。秩父地域でも「秩父は一つ」という総論には皆賛成しますが、いざ一つになるための具体的な作業を進めようとすると、さまざまな意見が出てきます。「各論反対について一つ一つ対処し、同じ方向に向かうよう調整するのがDMOの役割では」と井上さんは考えています。