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2016.07.20

【第5回 ~前編~】DMO先進事例に学ぶ
ケース1:秩父地域おもてなし観光公社(地域連携DMO)


日本版DMO候補法人の登録数も100に迫ろうとする中、合意形成や役割分担、財源確保などをどのように行っていけばいいのか、悩んでいる地域も多いと思います。既にDMO的な組織づくりを進めて来た団体を先進事例として学ぶことは、今後の方向性を 考える上で役立つと言えます。

 ケーススタディの1回目として、平成24年に設立し、地域連携DMOの第一弾登録を行った一般社団法人秩父地域おもてなし 観光公社事務局長の井上正幸さんにお話を伺いました。前・後編の2回に分け、前編では設立の経緯やこれまでの取り組みについて紹介します。


●1市4町の観光を促進する新しい組織を平成24年設立

 秩父地域おもてなし観光公社がカバーするのは、埼玉県西部に位置する秩父市、横瀬町、皆野町、長瀞町、小鹿野町です。これら1市4町は平成21年に総務省のプログラムである「ちちぶ定住自立圏」協定を結びました。この協定は人口減少や少子高齢化の中、周辺の市や町が協力し、生活に必要な機能を分担して行政サービスを行うというものです。

 事業としてはまず医療分野を進め、その次に注力するものとして、中心市である秩父市長が観光分社を提案し各町の合意を得て、ちちぶ定住自立圏に参加する1市4町の観光を促進する組織として平成24年4月に設立されたのが秩父地域おもてなし観光公社です。最初は任意団体でしたが、平成26年2月に一般社団法人に移行しました。代表者は秩父市長が務めており、「滞在型観光の促進」「外国人観光客の増加」「地域ブランドの確立と特産品の販売促進」の3つの役割を担います。

 事務局長を務める井上正幸さん(写真)は秩父市観光課から派遣された職員で、平成22年に企画書を作成する段階から、この組織に関わっています。驚いたのがまだDMOという言葉がほとんど知られていなかった6年前、企画書の中で既にこの言葉を使っていたことです。

事務局長を務める井上正幸さん

「私は観光行政に10年以上携わっていますが、ちちぶ定住自立圏も担当したことがあります。その時に外部から派遣された専門家から、地域で稼ぎ、地域をマネジメントするDMOという組織が海外にあると、雑談でたまたま聞いたことがありました。企画書を書く時、頭の隅から蘇ってきたこの言葉を入れました」


●地域内の観光協会を統合して組織を作るのは難しかった

「DMOの考え方が、新しい組織の目指す姿に合っていた」と井上さんは言います。しかし、もともとちちぶ定住自立圏の各市町村には観光協会があり、現在も存続しています。

 「本当は観光協会を束ねて新しい組織に移行するのが理想的ですが、会員が払う会費の金額一つとっても、それぞれ異なり、どこに合わせるかという問題が出てきます。各地域にはお祭りなど回していくべき年中行事も多く、観光協会はそれで手一杯という状況で、地域で稼ぐという新しい取り組みを行うことについては『フォーマットが合わない』と感じました」と井上さんは率直に語ります。

 ちなみに現在の秩父市は平成17年に1市1町2村が合併して誕生しましたが、旧市町村の観光協会は合併せず、支部制という形をとって今も 各観光協会が存続している形です。「そういった経緯を考えても、観光協会の合併はやはり時間を要すると考えました」

 1市4町が連携するからこそできる、新たな事業をやりたかったと井上さんは言います。「行政と観光協会がカバーしないニッチな部分を担い、例えば民泊を使った修学旅行など、少しでも自ら稼げる事業をやりたいというのが、新組織を立ち上げた最大の動機でした。何か参考となるモデルがあったわけではなく、とにかくやってみようという感じでスタートしました」


●フェイスブックでの観光情報発信によって、地域内への周知図る

自らも観光協会の事務局長を務めた経験のある井上さんは、地域でのあつれきが生じないように十分注意を払ったそうですが、それでも周囲からは「なぜ新しい組織を作ったのか、一体何をやるのか」と思われていたそうです。「地域内で理解してもらうことが最初の大きなハードルでした」
 そこで設立3ヶ月後、平成24年の7月から始めたのがフェイスブックを通じた観光情報の発信でした。

秩父地域おもてなし観光公社フェイスブック
https://www.facebook.com/chichibuomotenashikosya/

 「自治体間の平等性などは一切考えず、地域で面白い、紹介したいと思うものはお店でも観光スポットでもランダムに取り上げ、ほぼ毎日投稿するようにしました。苦情が来たらやめようと思ってはじめましたが、全然なかったですね。逆にお店などからは『紹介していただいてありがとう』とお礼を言われることも多くなりました」

 本来の目的は地域外に対する秩父地域の広報活動ですが、結果的には秩父地域おもてなし観光公社が既存の観光協会とどう違うのか、何をやろうとしているのかを地域内の人達に知ってもらういい機会になったと言えます。「フェイスブックでの情報発信は、この組織のスタンスをじわじわと地域に浸透させることに大きく役立ったと思います」と井上さん。
「いいね!」の数は現在、7000以上に達しています。


●レンタサイクルは観光案内所を貸し出し窓口として収入を折半

秩父地域おもてなし観光公社が「稼ぐ事業」として、平成26年度からはじめたのが民泊を利用した修学旅行の受け入れです。それに先立ち民泊先を募集したところ、最初は20軒ほどしか手を上げませんでしたが、少しずつ裾野が広がり、現在の登録軒数は約200軒に達しています。

 修学旅行は初年度に2校382名、平成27年度は5校839名を受け入れました。今年度は国内で6校1167名のほか、初めて海外から3校98名 (台湾2校、メキシコ1校)の受入れを予定しています。
 平成27年には地域限定旅行業の登録を行い、ふるさと納税者向けの特典ツアーなどの着地型観光も行っています。

 もう一つの収益事業がレンタサイクルです。地域内のステーション6カ所で乗り捨て可能で、年に約1800回レンタルされています。特筆すべきは110台の自転車を秩父地域おもてなし観光公社が購入・所有し、各観光協会にレンタル業務を委託する形を取っていることです。

 地域内の観光協会が持つ観光案内所3カ所が中心的な窓口となって貸出を行い、収入は公社と観光協会で半々ずつ分け合います。「レンタサイクルの魅力となる広域性が活かせ、観光協会にも収入が入り、お互いにメリットが得られる形だと思います」と井上さんは言います。


●地域内のガイド団体の交流機会を設け、自然なまとまりを促す

「稼ぐ事業だけでなく、公益性のある事業も重要。両者を明確に棲み分けることが大事」と井上さんは言います。秩父地域おもてなし観光公社で公益性のある事業の一つとして目指したのが住民との接点づくりです。

 具体的な取り組みに、地域内で活動するガイド団体の実態把握がありました。調べると、1市4町に大小合わせて11団体あり、実働人数が70人くらいいることがわかりました。

 そこで各団体から来られる人には全員集まってもらい、活動についてヒアリングをしました。「最初は一つの団体に活動を集約できればとも思ったのですが、ボランティアもあれば有償もあり、それぞれ思いがあって、難しいことがすぐわかりました」(井上さん)。

 話を聞くと、個々の団体にはPRやスキルアップの費用がないことがわかりました。団体同士の交流もなかったので、秩父地域おもてなし観光公社を 事務局として「ちちぶ案内人倶楽部」を設立し、交流会やアナウンサーを招いた講演会、ガイド先進地視察などの機会を提供したそうです。 観光客に対しては秩父地域の全ガイド団体の活動情報を紹介したパンフレットを平成25年度に制作しました。

 最初は警戒されたものの、交流の場が増えてくると、互いに段々仲良くなり、「一緒にできることは一緒にやった方がいい」というムードが自然と醸成されてきたそうです。性急に活動を集約しようとせず、個々の立場を尊重してゆるやかな相互交流の場づくりから始めたことが、結果的に自然なまとまりを促したと言えます。


●西武鉄道とは二人三脚、埼玉県初の「ことりっぷ 秩父」も制作

地元の鉄道会社である西武鉄道とは、早い段階から良好な関係が築けていると井上さんは言います。「今、最もよく組んでいる地域のプレイヤーですね」

 秩父地域おもてなし観光公社はエキストラの手配も含め、テレビや映画のロケーションサービスも行っています。その一環として西武鉄道のCMの ロケコーディネートを行うほか、西武鉄道が招聘した海外メディアのアテンドを担当することもあります。

 昨年は、西武鉄道がインバウンド向けに制作した繁体、タイ、英語3カ国語の秩父地域ガイドに監修協力しました。裏表紙には秩父おもてなし観光公社サイトのQRコードも入っています。

秩父地域ガイド(タイ語版)
西武鉄道が制作した秩父地域ガイド(タイ語版)の表紙と裏表紙

今年2月には、女性に人気のガイドブック「ことりっぷ」秩父版が発行されました。ことりっぷで埼玉県が取り上げられるのは今回が初めて。秩父地域おもてなし観光公社は紹介物件のアイデア提供など全面協力を行い、制作費の拠出と発行されたガイドブックの買い取りも行いました。イベントなどで配布するため、ガイドブックの一部を抜粋した無料小冊子も合わせて作成されました。

 「西武鉄道のCMで吉高由里子さんがイメージキャラクターを務めたのを機に女性客が増加。さらに女性への訴求を強めたいということで取り組みました」(井上さん)。これは稼ぐ事業ではなく、秩父地域を広くPRするための公益的な事業の一つと言えます。

ことりっぷ ちちぶ
「ことりっぷ ちちぶ」の無料小冊子

●日本版DMO登録申請にあたり、マーケティング機能について意識

こうしたさまざまな取り組みを経て、秩父地域おもてなし観光公社は今年2月、日本版DMOの第一回目の候補法人に登録しました。「当初からDMO的な組織を目指しており、各関係者の調整や連携、住民の巻き込みも元々やりたかったこと。なので、申請書は活動そのままを書いただけです」

 「とは言え、我々はこれまで地域をマネジメントすることに重点を置き、マーケティングという考えがあまりなかったので、その状態で申請しても大丈夫かなと思いました。でも、今回の登録がマーケティングにきちんと取り組むいい機会になると考えました」と井上さんは申請の動機について語ります。

 では秩父地域おもてなし観光公社は今後、地域連携DMOとして具体的にどのような取り組みを目指すのでしょうか。
 後編では、財源や人材確保、合意形成、観光協会との役割分担、KPIのベースとなるマーケティングデータの取り方などについて詳しくお伝えします。