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 Case Study

2016.02.01

シリーズ着地型観光考

旅の「目的」になる体験事業者がいれば、地域は活性化します。

ケース1  (株)エコビジョンブレインズ(山梨県富士河口湖町)

着地型観光商品といえば、売れない、儲からないというイメージ。
だが、山梨県富士河口湖町で田村孝次さんが営むアウトドア事業会社「エコビジョンブレインズ」は、従業員約10名、自然体験商品で年間1億円を売り上げ、経常利益46.7%という驚異的な数字を叩き出している。
なぜ、同社の商品は売れるのか? 儲かっているのか? その秘密を探る。

田村孝次さん。イギリス時代は、大手メーカーができない、自動車や製造ラインの設計の会社を経営。ビジネスマンとしての嗅覚とセンスで、アウトドア事業に新風を吹き込んでいる。

 
▼そこにはアウトドア会社が1軒もなかった 

田村さんが、イギリスで経営していた自動車開発会社を売却して帰国したのが1997年。EU統合による情勢変化に加え、自然資源を大量に使って生産される自動車がエコ志向を謳うことへの欺瞞と矛盾を感じ、「自然を大事に、自然資源を使った仕事がしたい」と思うようになったからだという。
関東地方を中心に拠点を探して回るも、条件に合う場所はなかなか見つからず、ある日、久しぶりに友人と釣りに訪れた山梨県富士河口湖町で意外な発見をする。
「湖をぐるっと一周してみたんですが、アウトドア体験事業者が1軒もなかった。もう1周して再度確認、その日のうちに泊まり込み、10日目には簡易店舗をオープンしていました」
1998年、有限会社カントリーレイクシステムズ(現・株式会社エコビジョンブレインズ)が誕生した。

▼団体の受け入れを機に体制を一気に整えた

「で、その年に作ったのがコレです」
コレとは、オフィス兼店舗の壁に掛けられたカナディアンカヌー。「僕の手作りです」。当初は、道具を自作しつつ、ペンションのオーナーからの口コミで訪ねてきた客をぼちぼち受け入れていた。道具が完成したら大々的に始める計画だったところに、大きな転機が訪れる。関西中心に営業している知人と組み、教育旅行の受け入れを決めたのである。
「もう、(受け入れ数の)ケタが違うじゃないですか。だから、一気にカヌー40艇、マウンテンバイク40台を揃えました。それも同じ機種を。プログラムやインストラクションに誤差が出ないようにするためです」
この意思決定と態勢づくりが、実は、教育旅行受け入れに、また事業推進には欠かせないと田村さんは言う。
「教育旅行って、要望やルールが細かくてとても厳しいんです。それに対応できる条件が整ってからでないと受け入れられない。だからうちはかなりの投資もして、道具・メニューを揃えました。教育旅行を受け入れると決めた時点で、パラダイムシフトしました。要するに、『団体を扱うにはどうすればいいか』に頭を切り替えたんです。こうした商売は大は小を兼ねるので」
投資額を2年で回収できたのは、旅のスタイルが物見遊山から体験型に変わり始めていたこと、付近の宿が積極的な営業の必要性を認識しつつあったこと、教育旅行の受け入れが1館1校型からペンション分宿型へと変わっていったという時代の流れと環境の3つの変化が同時期に起こった幸運も手伝った。
「僕らがいないと、宿だけでは教育旅行は受け入れられない。まさに地域ぐるみの態勢づくりが大事なんです」

▼正しく伝えるため対象別に伝え方を替える

現在では、一般客、旅行代理店のパッケージ商品、教育旅行など広範囲に事業を展開。商品やサービスを紹介するパンフレットは2種類。地域内のホテルに設置するA4三つ折り(一般客向け)と、学校、企業、エージェント向けのA4の冊子だ。同じ商品について紹介しながら、内容が異なるところがミソ。前者には学習や技術的なことは載っていない。ゆるく、自然の中での体験に誘うものとなっており、後者は、研修旅行などの担当者が質問しそうな項目がQ&Aで示されている。

▼話題性のある商品で、広報予算ゼロを実現

田村さんは言う。
「自慢じゃないですが、これまで広報・宣伝らしきものは一切したことはありません。プレスリリースすら出したことがないんです」。なのに、集客できている理由は、「メディアが勝手に取材して載せてくれるから」。言い換えれば、それだけ注目を集める、話題性のある商品を出し続けているということでもある。
その典型的な例が、同社のカヌー犬養成講座だ。犬好きにとって、犬は家族。一緒に旅するなら、旅先でも一緒に遊びたい。「うちも犬だらけで、犬が大好きなんです」。ちょうど犬と泊まれる宿が話題になりつつあった頃であり、メディアはすぐに、犬と共にカヌーに乗って遊ぶというこのユニークで珍しい企画に飛び付いた。カヌーや犬関連の雑誌がこぞって取り上げ、それは現在まで続いているという。

営業用パンフレット。右が一般向け(地域内ホテル設置用)、左が学校・企業・エージェント向け。楽しさやおもしろさを強調した前者に比べて、後者は研修担当者や学校の先生が必要な情報がQ&Aで具体的に示されている。

同社の記事が掲載された雑誌。アウトドア、犬、旅などあらゆる分野で多数取り上げられている。

▼大人が夢中になる本格的で現代的野外遊び

ならば、そうした話題性のある商品をつくり出すにはどうすればいいのか? 「地域資源を発掘する能力、勘、センス。アンテナを張っておくことです」。同社の商品づくりの基本は、約25000坪(東京ドーム1個分)の「山」という資産をいかにうまく活用するか。コストゼロの自然だからこそ、うまく価値をつければ利益率が上がる。すでに、デビューを待つ新商品候補は数多く控えている。たとえば、山の中に、的となる実物大の動物の人形を置いて狙う3Dアーチェリーや、土中に金属を埋めて、地図を頼りに金属探知機で宝を探すトレジャーハンティングなど。どれも、広大な自然フィールドの中で機械や道具を使う現代的な遊び。しかも、本格的なのである。子ども向け自然体験とは一線を画す、大人が夢中になるホンモノの世界がそこにある。

カヌー犬養成講座。わんちゃんと乗るための特別なレクチャーとカヌーレンタル料3時間でプログラム料金1万円。

▼重要なのはプロとしての意識と安全管理

そして、これらプログラムに奥行きを与え、質を高めているのが、同社の徹底した安全管理だ。「うちの山にはマウンテンバイクなど道具を整備する小屋もあります。現場で起こり得る危険因子の排除は全て社内で行います。それは事業者の責任です」。各種保険まで含めた総合的・包括的な安全管理までをも「商品」だと田村さんは強調する。それが利用者に安心感をもたらしている。

だが、残念ながら多くの体験事業者がその意識に欠けているのが実態だ。片手間仕事、ボランティア任せの弊害である。田村さんは、その「中途半端さ」に警鐘を鳴らし続けている。
「だから、結果的に体験事業で儲けられないのであり、儲けられないから保険にも入れないという悪循環が多くの現場で起きている。それでも事業者としてプログラムを実施する以上、社会的責任はついてまわります。本来、習熟が必要であり、訓練し続けなければならないはずの事故やけがの際の応急処置でさえも、形骸化。プロじゃないなぁと思います。そのことがプログラムやホスピタリティの質に影響してきます。現場で何かが起こったら終わりですから」

着地型観光商品が売れない、儲からないのではなく、そもそも事業として成立しない仕組みや体制に問題があるのではないか。また、要因の1つには、プログラムを「一過性のイベント」にしてしまっていることも挙げられる。
「うちは、365日、24時間営業です。そこに踏み込む意思があるかないか。通年型でやろうと決めれば、物も人も増やさなきゃならない。腹をくくって体制を組めば、金融機関だっておカネを貸すかもしれませんよ」

▼常にマーケットを向き、意識し、検証する

年間6000人を集客するカヌーのプログラムを、「カヌーじゃないから(集客)できている」と、田村さん言う。「うちのは、“誰でもできる初めての湖体験プログラム”なんです」
日本のカヌー人口は16.9万人。だが、カヌーという括りを取ることで、マーケットは日本全人口1億2000万人にまで広がる。カヌーやバギーなどの道具を使って、都市生活者の自然への入口をつくることが同社の使命。「自然に触れることで、自然を好きになって、大事にしてほしいんです」

常に自らに問いかけるのは、「それはマーケットに受け入れられる商品なのか?」とういこと。逆に、「マーケットに受け入れられるものは何か? その中で僕らはプロとして何ができるか」を考えて商品をつくるのだという。
「でも、この業界は暗黙知だらけ。俺、これ売れると思う、俺はこれが好き、だから商品化するという世界。僕はそれが大嫌いなんですね」

10数年前から顧客の評価を商品づくりや改良に機能的に取り入れてきた。
たとえば、8輪バギーは、4輪バギーの利用者を中心に、2年間で900検体からアンケートを採った。その結果、99%が商品化に賛成。金額、人数、時間、記念写真など具体的なコンテンツ全てをアンケート結果から導き出した。この裏付けの有無が、「売れる」着地型商品づくりの大きなポイントでもある。

クチコミにはほとんど力を入れていないと言う。クチコミに頼る前に、商品を磨くことが大事だと釘を刺す。「売れないのは情報発信が足りないからだと、本来やるべきことをしないのは勘違い。イイ商品だから、宣伝という+αのパワーで売れていくんです」

バギーのプログラム。利用1200人のうち99%が初めての体験者という。

4輪バギー利用者の声から開発した8輪バギープログラム。

▼何気ない演出で、心に残る体験をサポート

問題は、その、商品の磨き方である。
「要するに、価値を高めるための仕掛け、何気ない演出です」。それは心からのもてなしの気持ちがあればできるのだと田村さんは言う。
「旅というカテゴリーで我々がやるべき一番重要なことは、楽しい思い出と心に残る体験の絶大なるサポート。それはちょっとした手間であり、遊び心。ヤル気ですよ」

たとえば、同社で外国人に人気の洞窟体験プログラム。カラフルな色のツアー専用車で出迎えられた時から、外国人たちはこのプログラムに夢中になる。車内には、参加者の国別に母国語でウエルカムボードが置かれており、外国人特有の特大サイズまで準備された本格的なつなぎに参加者の国の国旗が貼ってあるのを見て歓声が上がり、インストラクターのつなぎにも同じ国旗が貼られているのを見てさらに盛り上がる。記念写真を撮りメールで送り、Facebbookにもアップ。単なる旅の体験にとどまらない、感動を与える工夫が至るところに溢れている。

「うちの商品は、この地域で最も高額です。安物買いの銭失いには絶対にさせない。プロとして安全管理まで含めて手間をかけます。だからその対価がほしい。逆にこの対価をもらうためにはどうすればいいか。少なくとも、見た目、マナー、ルールはもちろんのこと、インストラクターは競技者並みの技術を持ち、且つ、常識と知識を合わせ持つ人材になるよう育てています」

▼「プロ」の体験事業者が地域を活性化する

富士河口湖町は、都心から車で1.5時間の立地にある大型観光地である。「だから人が来るし、集客できる」と言われると、田村さんは反論する。「全てではありませんが、うちは完全に誘客型。顧客がうちを選んでからホテルを予約する。うちが目的になっているんです」 目的になるような体験事業者があれば、周りの宿も潤う。
今、新しい試みとして、同社を拠点に、マウンテンバイクで県内を旅して泊るプログラムをテスト中だ。始めた動機は、何と言っても同社が保有する70台ものマウンテンバイク。これを活用して利益を生み出し、且つ、県内の旅館も潤うならば一石二鳥である。「僕らができる県内の観光振興です。自然体験事業者が各地で元気になれば、地域は活性化します。遠ければ遠いほど自然度は高くなって、泊りが発生する。地域におカネが入ってきますから」