海晏寺
鎌倉執権北条時頼の創建といわれる古刹。(非公開) 曹洞宗 ・開山:鎌倉時代の建長3年(1251)に北条時頼が、鎌倉の建長寺の 蘭渓道隆を迎えて開いたと伝えられる。 その後、時頼の息子の時宗の時代に新たな堂が造られ、 阿弥陀仏が安置されたといわれる。 ・創建当時は臨済宗の寺であったが、戦乱による焼失ののち、 天正18年(1590)に曹洞宗の寺として再建された。 ・江戸時代には、紅葉の名所となり、浮世絵にも多く描かれた。 ○銅製雲版(上総般若寺公用)<東京都有形文化財・工芸品> ☆墓地に眠る人々 ○岩倉具視(1825〜83)<東京都指定文化財・旧跡> 幕末・維新期の公卿・政治家。公武合体論を唱え、大久保利通らとともに王政復古を実現させた。維新後は廃藩置県、条約改正の交渉などに活躍、富国強兵政策に努めた。 *一般の参拝は認められていない。 ○白井鳥酔(1701〜69)<東京都指定文化財・旧跡> 江戸時代中期の俳人。天明俳諧の中興の先駆をなした蕉門の巨匠と呼ばれた。 墓碑に「松風の骨になつたる寒さかな」の句を記す。 ○加舎(春秋庵)白雄(1738〜91)<東京都指定文化財・旧跡> 鳥酔の門人。墓碑に「たち出て芙蓉のしばむ日に逢へり」の句が記 されている。 ○松平慶永(春嶽)墓(1828〜1890)<品川区指定文化財・史跡第9号> 慶永は福井藩16代の藩主で、幕末の動乱期に開国論を唱え、幕府と朝廷の間を取り持ち、維新のために力を尽くした。 ○由利公正の墓(1829〜1909)<品川区指定文化財・史跡第10号> 公正は福井藩士で、安政元年(1854)から品川台場の築造に従事、維新後は新政府の財政確立に勇めた。明治4年(1871)に東京府知事となり、首都の整備に力を尽くした。
| 創建年代 | 1251 |
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| 所在地 |
〒140-0004 東京都品川区南品川5-16-22
TEL 03-3471-0629 |
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| 交通アクセス | (1)京浜急行青物横丁駅から徒歩で5分 |
| 見学・所要時間 | 15分 |
| 問合せ先 |
しながわ観光協会 〒141-0033 東京都品川区西品川1-28-3 TEL 03-5751-7600 , FAX 03-5751-7699 , MAIL sinakan@cts.ne.jp |
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| ホームページ | http://www.sinakan.jp |

