観光地づくりQ&A
新しく観光地づくりを始めたいのですか?
  1. これまで優秀観光地づくり賞は毎年1回、15回行われ、計70の観光地・団体が受賞されています。その中で、従来は「観光地」でなかったところが観光地づくりを始め、受賞されたところは少なくありません。直近の例で言えば、第15回の優秀観光地づくり賞において総務大臣賞を受賞された桜川市(の旧真壁町部分)は、伝統的建造物はかなりあったものの、それを観光対象としてきませんでしたが、空き家も大分増え始め、地域の活性化が必要になってきたため、そうした民家を“オープンハウス(民家自体を公開)”にしたり、観光案内所や売店・飲食店に改装することによって観光客が来始めました。
第14回の優秀観光地づくり賞において、同じく総務大臣賞を受賞した三島市も、以前から湧水を見に来る人はありましたが、その湧水と川をきれいに掃除し、河床に歩道を整備してりして魅力を高めていった結果、「水辺ウォーク」を目的として多くの人が来だしたのは10年ぐらい前からです。
それぞれの立ち上げ方は、桜川市の場合、伝統的建造物に指定された民家をなんとか活用して交流人口を増やしたいという想いを強く持っていた役場職員がいたことが“原点”と言えましょうか。その想いから運動の輪を広げていき、参考になりそうな先行観光地のつくり方、その後の盛衰をよく勉強して、桜川のまちづくりは「三ない」、つまり、「会を作らない」「補助金を貰わない」「人に頼らない」を原則にして、雛飾りも加わって現在では10万人を超す観光地としてデビューしました。
三島市の場合も、先祖から引き継いできた自慢の湧水をきれいにし、魅力的なふるさとを創りたいという思いで、三島市商工会議所を中心に運動の輪を広げていった“結果観光地”と言えましょう。
  2. 第11回優秀観光地づくり賞において「町並みデザイン」に優れているということで受賞された岡山県勝山町では、平成8年から「のれん」で町おこしを始めました。全く新しい発想で、観光地づくりを始めたわけです。その年はわずか24,700人だった観光客数は、平成10年から「勝山のお雛祭り」を始め、5日間で約4万人、11月の勝山もみじ祭も約2万人というように、“新しい魅力”も加わり、平成19年には162,600人もの観光客が集まる観光地になりました。平成17年に9町村が合併して真庭市になり、目下「観光回廊真庭」造りを推進中ですが、広域の魅力が打ち出せるかが、もう一段飛躍できるかが勝負所でしょう。

新しく観光地づくりを始める時の素材が“無い(解らない) ”のですか?
  1. 観光は,「光」、つまり地域住民の生活ぶりや佇まい、更には誇りを持って輝いている様を観(しめ)すことであり、“お国自慢”でもありますので、ふるさとに対する熱き想いがある限り、どんなところにも“観光資源”はあります。前述した桜川市の伝統的建造物群、三島の湧水、勝山ののれんが似合う民家とおしゃれなのれんを造る人の存在でした。第9回受賞地の宮崎県西米良村は、「となりのトトロ」のようなかわいい“妖怪”伝説と、明治維新の際にその時の領主だった菊池公から全村民が価値均等で土地を分けてもらい、その土地で生きてきたという凛とした住民の存在です。こうした“魅力=観光資源の発見”は、“外部(体験)の目”でなされることが多く、地域住民が他のところを旅行してわがふるさとの良さを発見することも少なくありません。
  2. 第5回受賞地の青森県横浜町は、もともと菜の花の作付け面積が多かったところでしたが激減し、そこに危機感を持った人達が菜の花を町の花にしたところから、観光地づくりは始まったと言えましょう。機械化の工夫もあって菜の花の作付け面積を増やし、電源地域産業育成の補助金によって「菜の花フェスティバル」を始めたところブレイクし、6年目にして本賞を受賞するほどの観光地になっています。観光地づくり以前にかけた時間と流した汗が、観光資源としての潜在的なポテンシャルを高めていき、それを観光地にしようという意識・意欲がそれを“開花”させたというわけです。

基本コンセプトやキャッチコピーの設定はどうすれば良いのですか、その仕方は?
  観光地づくりは多くの関係者の協力が不可欠であり、また時間を掛けてつくっていくことが必要ですので、多くの人が共通認識を持つことが出来、かつぶれずに進めていくには、方向性と性格・内容のフレームを指し示す基本コンセプトの設定が欠かせません。
この基本コンセプトを設定するための要件と構成事項は、(図-1)のように考えています。

(図-1)基本コンセプトの背景となる6つの要件と5つの構成事項

,らΔ泙任裡桐弖錣鯏確に分析して、かつ住民(関係者)が納得し、域外に住む利用者も理解して行きたくなるような“物語”を創るわけです。
優秀観光地づくり賞を受賞した観光地・観光団体とそれぞれの基本コンセプトやキャッチコピーは、以下のとおりです。

  〈第4回受賞地 宮崎県綾町〉
「照葉樹林都市・綾」。照葉樹の恵みを活かした“都市”を創ろうというわけです。具体的には、その森の中に入っていくための世界一高い「歩道吊り橋」、その森から切り出された材を使い、伝統的な工法で創られた「綾城」、森で育まれた水を使ってアユの養殖を行い、そのアユを食べることの出来る「料理屋」の整備等を行い、観光地としての筋道を確立し、その後雲海酒造が進出し、「酒仙の杜」を整備して年間100万人を超す人が訪れる観光地になりました。
 
  〈第6回受賞地 宮崎県南郷村(現美郷町)〉
約1300年前に百済王族の末裔が逃げてきて隠れ住んでいた“百済伝説”を活かし、約1300年来の百済との交流を今に活したふるさとづくりを目指し、「西の正倉院・百済の里・南郷」という基本コンセプトを設定しています。それに沿って、百済の首都扶余の百花亭と同じ仕様の「恋人の丘」、百済の飲食・物産を取り扱う、扶余に残る客舎と同じ仕様の「百済の館」、南郷の飲食・物産を取り扱う茅葺きの「南郷茶屋」、そして百済王族の末裔が逃げてきた証であり、奈良の正倉院に収蔵されている御物と同じ時代、同等の価値を持つ唐花六花鏡を収納するために、正倉院と同じデザイン、同じ檜を使って「西の正倉院」を整備して、“観光地デビュー”を果たしています。
 

まちあるき・野歩き・森歩きのコースづくり、旅行商品づくりの仕方は?
  1. 「単に見る旅」から「暮らすような旅」の時代になり、歩いて楽しむ観光地づくりが大きな課題になってきました。第6回受賞地の足助町は、遡れば昭和9年(1934)、11年に住民総出で植えた足助川沿いの紅葉が“観光地デビュー”でしたが、その“再興デビュー”は昭和55年(1980)整備した三州足助屋敷です。この施設は、今で言うエコミュージアムの走りであり、ミニテーマパークで、一世を風靡したわけです。しかし、現在年間約200万人の観光客を構成しているのは、それらの魅力に加え、平成11年から土ひなを飾るようになった「中馬のおひなさん」、2月、3月の閑散期に5万人、平成14年(2002)から灯り取りを入れる器「たんころりん」に因んだ灯りのイベントの開催によって、商店街やまち歩きを楽しむ人達です。上質な「点」を増やし、「面」に繋げていった好事例と言えましょう。
  2. 第8回受賞地の長浜市は、1988年に旧北国街道に面した角地にあった黒漆喰の建物を保存すべく、そこに全く新しいガラス工芸を導入し、その工房、展示・販売館、骨董品店等からなる「黒壁スクウェア」を整備したことによってブレイクしました。その成功によって同様な蔵造り等の建物が飲食・物販施設として次々に蘇り、それに伴って既存観光施設や行歳事が連動し、それらによって観光客が増えることによって更なる新しい施設が加わるといった“好循環軌道”に乗り、2007 年の観光客数は583万人を数える、関西屈指の観光地域に成長しています。
  3. 第13回受賞地の佐原市(現香取市)は、平成17年(2005)から歴史を感じさせる民家風の店舗や工房からなる「佐原まちぐるみ博物館」事業を始めたのが大きな転機になりました。その事業に参加した店舗・工房等は、最初は28軒でしたが、各店舗が必ず“自慢のお宝”と店前の花飾りをすることがお客さんに評価されて観光客が増加し、それに伴って参加する店舗・工房が増え、現在は41軒に増えています。そうした動きが以前から行われていた行歳事を活性化させ、それによってお客さんが増え、運河を巡る和船の遊覧事業も新規に加わるなど、“好循環軌道”に乗っています。
  4. 観光地における野歩きの例としては、第9回金賞受賞地の遠野市が挙げられます。遠野市のテーマは「民話を活かした観光地」です。その観光対象はかたむろ水光園、伝承園、ふるさと村などですが、広い市内に点在していますので、殆ど自然の状態にある北上側の支流である猿ケ石川沿いやビルが殆ど見えない田畑の畦を歩く「野歩き」は、これからの遠野市の大きな魅力になっていくことも考えられます。
  5. 観光地における森歩きの例としては、第15回金賞受賞地の下呂市における「滝巡り」が挙げられます。下呂市の主力観光地(対象)は旧下呂町にある下呂温泉ですが、合併して下呂市になった旧小坂町が日本有数の“滝の多い町”であることを活かしてふるさと興しを始め、まず「滝巡りガイド」を育成して下呂温泉に来る観光客に対して滝巡りを始めました。まだ、始めて3年目ですが、観光旅行の形態の変化に伴って、徐々にお客さんが増え始めています。

うまくいっている(楽しめる)地産地消は、どのようにして進めているのですか?
  1. 観光旅行において、「地元の美味しい郷土料理を食べる」という目的は、最近とみに大きくなってきており、それに関連して地産地消を標榜しているところが多くなりました。
観光地全体で地産地消のイメージを確立できたところはまだ無いものの、第15回金賞受賞地の下呂市は飛騨牛、下呂が発祥地といわれる桃太郎というトマトなどは、各旅館で積極的に使用しており、金賞受賞の大きな要因になっています。
第10回金賞受賞地の松江市は、特産品である「宍道湖七珍(すもうあしこし)」;スズキ、モロゲエビ、ウナギ、アマサギ、シジミ、コイ、シラウオを積極的に売り出しており、外国人にも人気があります。この宍道湖七珍は、昭和5年(1930)に松井柏軒が地元紙『松陽新聞』に発表したのが起源で、古くから名産とされてきており、かつそれを今でも提供できるということは素晴らしいことと言えましょう。
無断転載を禁止します。 (c)JAPAN TRAVEL AND TOURISM ASSOCIATION