足りないのは自らの目標設定・共有と実現するための事業戦略
大社:観光庁でも国内の調査ならびに海外の調査をしている。国内では、観光協会自治体向けアンケート調査を実施した。
海外ではUNWTO、ならびにDMAI(*5)というアメリカのDMOのネットワーク組織の調査を比較する。事業内容では両方とも最も力を
入れているのはPRやプロモーションだ。とこが、戦略策定やマーケティング調査は日本ではあまり重きが置かれていないといわれている。
先ほど伊藤補佐官のお話にあった地域経済における観光のインパクトを把握しているかというと、把握しているところも極めて少ない。
事業計画における目標設定も、明確に設定していないところが7割、これが日本の現状だ。見並理事長、取組内容も含めて事業内容がちょっと違うといえそうでは。
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見並:そのとおりで、一番大事な事業戦略を策定していない。マーケティングやマネジメント機能をもつならば、何より大事なのは自分たちの組織が何を目標としてやっていくのかということだ。
その意味で、先ほどのアルゴイ・チーズ街道協会の目標は明確だ。アルゴイ・チーズ街道とは一つはツーリズムルート、いろいろな切り口はあるが、きちんとしたツーリズムルートだ。
もう一つはそこで生まれるチーズの品質、干し草から取れた牛乳でつくるおいしいチーズ、そのブランドの確立と維持、三つ目は、このアルゴイ地域を持続的に強化するコンセプトだ。
そのために何をやるかということが、きちんと明確になっている。
大社:地域で共有されている。
見並:そこが大事だ。私は、今の観光協会でもDMOに取り組むことができると思う。「アルゴイ・チーズ街道協会」の創設をみると、アルゴイ・チーズ街道という観光街道が1番目のツーリズムルートで
PRし始めたのは1996年。ところが協会として組織が立ち上がったのは2007年、まさに10年以上あとだ。私ども観光協会はこれまでPRや魅力の掘り起こしに取り組んできたが、アルゴイ・チーズ街道がマーケティングや
マネジメント機能を持った組織に変わるのに10年かかっている。
日本では始まったばかりだがさらに早いスピードでこれと同じような組織へと変わっていくのではないか。
アルゴイというのは、ドイツの一番南の小さな地域だが、この地域の景観を守るためにツーリズムと、美食と、チーズのブランド化を
やっていこうというのが目標となっているチーズ街道DMOであり観光協会だ。そういった意味で、日本にも適用可能なモデルではないかと思う。
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大社:特にナパでも、地元のワイナリーいわゆる一次産業事業者との連携は非常に重要なポイントになっている。
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伊藤:全くそのとおりで、ワインだけでは駄目だ。ナパのDMOのCEOのグレゴリー氏は掛け算が非常に重要なのだと言っていた。
ナパのおいしいワインに地産地消を掛ける。地元の農産物を星付きレストランのシェフがおいしい料理、その食事にあったワインを提供する。
そしてスローライフという憧れのライフスタイルを提供していく。その中で地域の付加価値は上がっていくという、しっかりした戦略がある。
自分たちの魅力にどういう価値があるのか、つまり価値の磨き方の方向性が非常にしっかりしていて、それが単発ではなく、いろいろな要素を組み合わせて掛け算して、
よりその価値を向上させていく。そこに工夫がなされている。もう一つ、ワインをつくるのと同じぐらい情熱をかけて、マーケティングをしている。
ここにもナパのブランド力を強化してきた、みんなが豊かさを感じるまちづくりを進めてきた大きな秘訣(ひけつ)の一つがあるのではないか。
事業戦略策定のためのマーケティング予算が少ない
大社:地方公共団体の観光関連予算の使途を見ると、都道府県単位では1位は観光施設の整備・管理の委託、2位が補助金、3位が国内PR。国内・海外ともにマーケティング予算が極めて少ない状況だ。
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見並:これは、課題というより観光立国の実現のため、もしくは地方創生のために、伸びしろだと思っている。
実際、既存の観光資源でプロモーションをするだけではもう駄目だということは皆さん気付いている。
マーケティングとはいっていないが、実際にはマーケティングの議論をスタートしているわけで、そういう意味で、私は伸びしろの数字であると思う。
伊藤:ナパの場合は人口が14万人でDMOは6億円から7億円の予算を持っていて、そのうちの約3分の1をマーケティング予算に充てているということだ。
マーケティングの重要性を十分認識している。その上でKPIを設定し、PDCAサイクルを回し、成果が出るようなマネジメントを実行していることが極めて重要だ。
それはこれから議論になる安定的な財源を確保するためで、ここが大きなポイントだと思う。
大社:ナパのケースでは34%はブランドマーケティングの予算だ。マーケティングだけが成功要因というわけではなく、因果関係は複合的だと思うが、
かなりの予算をかけてマーケティングをおこない成功に導いている。
専門性の高い組織が意思決定にかかわる
大社:次に組織とガバナンスの視点で日本の観光協会、観光行政の仕組みとDMOを検討する。
予算規模は日本と海外では大きな差はないが、地方公共団体に来る観光部署の職員の平均経験年数が2年だった。
伊藤:2年から3年で観光政策を実行できるかというと、なかなか難しい。アメリカの場合は観光政策を担う方々も、プロフェッショナルな人材を集めている。
プロフェッショナルな方々は地域の中で信頼を得て、合意形成を進めていくにあたってもキーになれる。地域の中の信頼をつくり上げ、一体感を持って多くの方々の
理解をいただきながら、観光政策を進めていくため、担当者が専門性と責任を持った取り組みができることが、重要だ。
大社:見並理事長、地域の人材については
見並:最大の問題はここにあると思う。DMOの議論を進めていく、実践していくとき、DMOの果たす大きな役割はその地域の人材をきちんと育成してゆくことだと思う。
それも単なるおもてなしや観光政策ということだけではなく、ものづくりや他の産業でも必要とされているマネジメント力や、マーケティング能力を一気に地域に入れていくために、
ITの活用、IOTの活用というような、IT技術を駆使できる人材の育成や研修が必要だと思う。
大社:これは観光協会の正規職員の平均年収だが、200万円から300万円未満が最多、過半数が400万円未満になっているところが現場の実態だ。
いい人を採ろうとするとそれなりの給与も必要になってくる。アメリカのCEOの年収はかなり高給では。
伊藤:CEOの年収をあまり教えてはくれないが、公開データを見るとCEOの報酬は2000万円から4000万円だ。
大社:つまり、プロ中のプロを引っ張ってきている。
伊藤:そのとおり。それだけに成果を出しているし、成果を出さなければクビになる、その関係が非常にはっきりしてる。
プロのチームを編成して、十分成果が出せるような組織体になれるかということが大切だ。
大社:この一覧表は推進体制比較だ。一番右にあるのが日本、一番左がアメリカの西海岸の幾つかのエリアで、アメリカが全てこうだというわけではない。
中央にあるのがヨーロッパのドイツやスイスの体系。どちらかというと民間主導型のアメリカタイプと、地方自治体主導の日本型の体制で、
日本では結果的に平均在籍期間が約2年間の自治体の方々が意思決定を担っているということだ。見並理事長、このあたりの実態からどうか。
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見並:職員の数や賃金・報酬の問題、誰が意思決定をしていくのか、そういったものは皆、リンクしている。
そういった組織が、どのようにやるのかではなくて、何をやるのかということを明確にすれば、当然それを担える人材が生まれてくるし
それに対する給与がリンクしてくるが、課題はそういう絵柄にどう転がしていくかということだ。
まさに地方創生のそこが勘所ではないか。日本版DMOをつくり上げていくという国家戦略の中で、今はとにかく三すくみになっている。
私は少し楽観的かもしれないが、それが解決の方向に転がしていけるだろうと思っている。そのために最初に何が必要かというと、人材育成、広域連携、産業間連携である。
こういうことを地域の人がきちんと理解していく広報・啓発活動というのも非常に重要なことではないか。
大社:伊藤補佐官、今の話は。
伊藤:関係者の方と話していると、行政には限界があり、観光については素人だという。だから本当に観光のことを知っている人が責任を持って観光政策を立案し、実行していくことが極めて重要だ。
ただし、公的なお金を使うのであればガバナンスが非常に大切で、アカウンタビリティー、説明結果責任を果たせる仕組みをしっかりつくり上げて、地域の中の信頼を勝ち得ることが非常に大切だ。
だから優秀なCEOは取り合いだ。ただ、関係者に聞いてみるとDMOが本当に機能したのはここ5年ぐらいだということなので、新たな取り組みとして、いかに日本の中で根付かせていくかというのが我々の課題だと思う。
大社:日本では観光協会でも権限は行政にかなりシフトしており、専門性は行政も観光協会も低い。アメリカではDMOがかなりの権限を持ち、専門性もあり、その分、報酬もあるけれども結果に対して責任ももつという構造。
このあたりも含めて体制を考えていかなければいけない。
マーケティングと観光地マネジメントを担うのは誰か
大社:最後に、マーケティングや観光地マネジメントの機能を観光協会等に持たせる、これはどうかと聞くと結構賛成の意見が多い。これはDMOの議論に追い風になると思う。
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伊藤:すごくありがたい。ただ、DMOという組織をつくれば全てうまくいくわけではないので、DMOを通じてどういう機能を根付かせていくのか、
それが観光を通じて地域を元気にしていくことにつながるのか、そこがすごく大切だと思う。大社:見並理事長、DMOはつくればいいという話ではない。
見並:全くおっしゃるとおりで、マネジメントの機能を観光協会に持たせることについては、遠い未来の話ではなく、具体的に明日あさっての話なのだと思う。
少なくとも2000万人が外国からみえて、地域に行っていただかないとキャパシティー、需要と供給のバランスが崩れる。
一刻も早く地域にマネジメント能力を持った組織が必要だということになれば、観光協会がその機能を十分担えるようにしていくことが我々の役目だし、
当事者として地域の方々がそれに対して大変力強い意見を持っているというのは、本当にうれしく、力強い。
大社:一方で財源問題という最も重要な課題もあるが、これには今後取り組んでいかなければいけない。最後にお二人それぞれから、
DMOの形成において、これを大事に考えていく必要があるということを、一言ずつ。
見並:人材の育成が何よりだと思う。
伊藤:私も同じで、人材の育成が極めて重要だと思っている。アメリカではDMOの全米組織があり、そこでどういう人材育成をしているか、
そのプログラムは開示されていますから、ぜひ皆さま方にも提供していきたいと考えている。DMOをつくるガイドライン的なものを観光庁さんと協力して提供したいと思う。
またRESAS(リーサス)という地域経済分析システムを通じて、携帯電話の位置情報を皆さま方にも提供しているので、観光を通じた見える化をかなり感じていただくこともできている。
そして、新型交付金という形で観光協会の機能強化、DMOの組織づくりを財政的にも後押ししていきたいと思っている。DMOはどういう機能を果たせるのか、
どうやったら自分たちの地域が観光を通じて元気になれるのかと、そういう思いを持ちながら興味を持って取り組んでいただくことができればと思う。
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*4 TID:Tourism Improvement District (観光産業改善地区)は、アメリカで、観光振
興に対する地元政府による財政支出の削減・不安定化を背景に、地域の観光プロモーション
活動等にかかる地域財源の安定的な確保を目的に創られた仕組み。
詳しくは、「日本版DMO形成・確立に係る手引き」(観光庁、平成27年11月)105pを参照
*5 DMAI:Destination Marketing Association Internationalは、アメリカのDMOを中
心とする、DMOの世界的な団体。世界のDMOの専門性、有効性、重要性を高めることをミッ
ションとしている。
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