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2019.02.07

【第21回】DMO先進事例に学ぶ
ケース17:株式会社阿智昼神観光局 (地域DMO)


「日本一の星空」によるブランディングで観光まちづくりを牽引 

株式会社阿智昼神観光局社長の白澤裕次氏(右)と事務局長の村松晃氏(左)
新しい拠点ACHI BASE(あち・べーす)で語る、
株式会社阿智昼神観光局社長の白澤裕次氏(右)と事務局長の村松晃氏(左)

   「日本一の星空」という大切な宝を地域ブランドとして育て、新しい客層をつかみ、稼働率が下がった温泉街を再生する。それを原動力として、交流人口が増え住民たちが「住みよい」と感じられる地域づくりにつなげる。不退転の決意を込めて株式会社形態のDMOがスタートしました。会社組織であれば成果を出すことが必ず求められ、それこそがDMO成功の重要なポイントになると、推進役を担う白澤社長は話します。

●星空観光で地域の活性化を目指す
 長野県阿智村は「日本一の星空」を核とした観光地域づくりに取り組んでいます。
 その活動の中核となるのが、DMO株式会社阿智昼神観光局。阿智村は昼神温泉という観光資源を持っていますが、近年はマーケットのニーズの変化に対応しきれずにいました。地域の新しい魅力を見つけ出し、それを新戦力として地域を活性化する新しい展開が求められていたのです。
 そこで2006年(平成18)に村内のキャンプ場が環境省から星空継続観測(星が最も輝いて見える場所)全国第1位に選ばれていたことを活用し、「日本一の星空」をキーワードとした「スタービレッジ阿智」として、地域のブランディングを高める取り組みを開始しました。
 ここで新しい顧客ターゲットとして注目したのは「首都圏+関西圏の若年層」でした。これまでの主たるターゲット「中京圏の60代の女性」は変わらずに維持しながらも、まったく新しい層への開拓をはじめたのです。
 そのメインとなる事業は「日本一の星空ナイトツアー」。村内にある富士見台高原ロープウェイ「ヘブンスそのはら」を夜間運行し、1400mの高原で満天の星空の美しさを満喫してもらうという企画です。

阿智村の星空 天空の楽園日本一の星空ナイトツアー
阿智村の星空
天空の楽園日本一の星空ナイトツアー

 人口減や高齢化を抱える地域社会にとって、夜間の観光客対応強化は簡単ではありませんが、ロープウェイ運行、高原での受け入れ態勢づくり、旅館等の送り出し、送迎バス運行、夜間休憩・飲食施設の拡充など、多くのハードルを越えて進めています。夜間飲食施設を兼ねた情報拠点のACHI BASEを開設し、地域の飲食店等にも夜間にお店を開けてもらう交渉を重ねる努力を続けています。地域内で利用できる地域通貨「スターコイン」の導入や、地域の受入環境を改善し、都市部の若い女性たちの心を捉えることに成功しました。
 現在の域内の宿泊収容人数は、温泉旅館、民宿等を合わせて1日約2000人。星空鑑賞は夜間の活動であり、観光客の多くが地域内に宿泊施設を求め、必然的にその稼働率を上げることに貢献しています。
 かつての旅館業は、団体中心で宿泊者数増加こそが増収への道でした。しかし、現在は家族やグループなど、少数で利益率の高いお客様向けという志向が高まりました。稼働率は団体客中心時代の50~60%程度から、現在は70~80%くらいまで上がり、集客人数は概ね横ばいながら、客単価が上がり収益は増加しています。インターネットからの送客が全体の81.5%に達したのがその裏づけといえるでしょう。
 冬期は寒さが増しますが空の透明度は高まるため星はより美しく見えます。星空ナイトツアーは通年を通して開催できるイベントに成長しました。雨天時などに活躍する映像プログラムを備えた観光施設「浪合パーク」も完成し、お客様の増加に対応する準備も進んでいます。

ヘブンスそのはら(富士見台高原ロープウェイ) 浪合パークの鑑賞エリア
ヘブンスそのはら(富士見台高原ロープウェイ)
浪合パークの鑑賞エリア

●マーケットが「星」を望んだ
 ――星空観光はマーケティングのたまもの

 現在の阿智村は、近隣3村が合併してできた村です。温泉のほかにスキー場などもありました。DMO発足以前、この地域には地域プロデュース企業の(株)昼神温泉エリアサポート、旧町村時代からある複数の観光協会、そして地域自治体の阿智村にも観光課が存在していました。
 「地域の中にまちづくりや観光振興を考える組織がいくつもあり、皆がバラバラに動いていました。そこで2010年ころ、皆が全体像をつかめるように、一度『棚卸し』をやってみようと提案したのです」と白澤社長は当時を振り返ります。
 地域の中にどんな資源があるか、いったん全部出し合ってその価値を洗い直し、何が地域をまとめるものになるか考え直そうと思ったと言います。
 「日本一の星空」というコンセプトはこの時に初めて表に出てきました。
 当時の戦略チームが広くリサーチをかけたところ、「もしあれば行ってみたい」という回答が最も多かったのが「美しい星空」だったのです。2006年に「日本一星空」に選ばれていましたが、当時、これがまちおこしの核になるとはだれも思っていませんでした。
 しかし、棚卸しの結果、これまで中核的素材と思っていた温泉やスキー場は、他地域にも多数あるため訴求力が低く、この地にしかないものは「星空」だということが、外からのニーズによって明確に示されたのです。環境省の「星空が綺麗な町」は全国にいくつかありましたが、この時点でどこもそれを活かしてはいませんでした。
 これまでだれも気付かなかったことに、我々が初めて気づいたのはマーケティングという行動が生んだ成果だと言えます。
 そこで、星空と現在の観光拠点である温泉を結び付ける企画を進めていきました。
 夜間の星空観光は新しい旅行ニーズでしたが、すでに団体旅行は斜陽化していたため、新しい宿泊形態づくりに結びつき、みごとに「首都圏+関西圏の若年層」というニーズにヒットしたのです。

●観光資源・昼神温泉と地域をつなぐ
 若い観光客が訪れることで、団体以外にも新しいニーズがあることを知り、旅館の対応も徐々にフレキシブルになりました。若い年代の個人・グループ客という新しいマーケットを開拓し、この地に新しい観光客を送り込むことが始まったのです。2018年に昼神温泉は開湯45周年となり、旅館も世代交代を迎える時期に重なってきたため、若い世代の経営者たちにも活気が出てきています。
 先の市町村合併では、組織統合などでいくつかの不用な施設が出ていました。ACHI BASEも、浪合地区の「浪合パーク」も、それら施設をリノベーションして活用しています。過剰となり老朽化した施設を補助金等を利用して再生させ、その後は会社資金による施設運営で人材を確保し雇用を生み出し、そこから収益を上げることで二重に役立つことができているのです。
 星空観光事業では、全国の企業約70社とタイアップパートナー契約を結んでいます。パートナーは私たちとともに環境事業に取り組むものです。企業は環境活動支援という社会的責任を果たしながら、イメージアップや宣伝効果も期待できるわけです。ある自動車会社ではこの地を使ってプロモーションを作成したり、新車発表会を開催したりと、お互いによいパートナー関係を築いています。
 この地域は「星空が綺麗」だとなると、「環境に優しい」ことを地域ブランドとして活かせるようにもなりました。昼神温泉の泉質が抗酸化作用の高いものであることとセットにして、水や食などと関連付け、さまざまな事業展開も可能になっていきました。
 また、「日本一の星空」をキーワードに「スタービレッジ阿智」を掲げることで、地域の共感が広がり、「住んでよし、訪れてよし」の村づくりが動きはじめています。

パートナー企業とのイベント 4月中旬から5月初旬は「花桃の里」としてにぎわう
パートナー企業とのイベント
4月中旬から5月初旬は
「花桃の里」としてにぎわう


●地域出身者が会社を起こす
 白澤社長はこの阿智村生まれ、生粋の地域人です。
 「私が子どもだったころ親たちからは『ここには何もない、だから都会へ行きなさい』と言われて育ちました。その結果が現在の状態です。でも、それは日本中の多くの農山村がそうだったでしょう。私は学生時代から都市部で生活しましたが、やはりこの村に戻りたかった。30代はじめにこの地域に帰ってスキー場を運営する会社で働き、その会社の変遷を見る中で、やはり地元の人間が本気でやらなければ地域はよくならないと思ったのです。それで一念発起してそのスキー場運営会社を買い取りました。それからこの道を進んできたのです」と自分の地域に向ける思いを話してくれました。
 白澤さんがこの地でこれほど積極的に活動できるのは、自分が地域出身者だからだと言います。自分がどんなに強いことを言っても、「地域の人間だから」と周囲が親近感を持って信用してくれる。そうでなければ相手にされなかったかもしれない、と言います。それだけに、地域に対する責任感も強く持っているのです。
 スタービレッジ阿智誘客促進協議会の役員会、村の産業振興協議会の会議、毎年の株主総会などを通し、積極的な報告を行うことを大切にしています。

●株式会社としてDMOを設置
――結果に責任を持つなら会社化が一番

 DMO株式会社阿智昼神観光局の主な事業は、観光振興事業、観光誘客事業、一般旅行業、地域振興ネットワーク事業、人材の育成・確保に関わる事業、観光再生に関わる事業、その他、となっています。
 「DMOである当社の目的は地域の観光を振興するということです。観光により地域が活性化し、地域が広く潤う。そのために「星空観光」という一部の事業に集中投資したりするのです。地域全体がよくなってはじめてこのDMOの成果が出たといえます。DMO単体で収益が上がっても、地域全体の収益が上がらなければ意味がありません。私は、この事業にいくら投資し、それが地域全体にこれだけ効果を波及させている、ということをきちっと数字に算出して、村議会などで報告しています」
 白澤社長は阿智昼神観光局のあるべき姿をこう語ります。そして、
「この先、私のやり方がうまくいかなくなれば、そして私に代わる人が先頭に立ってよりよく変えていけるなら、社長を替えればいいのです。成果を出せない社長ならやる意味がありません。このDMOを株式会社化した唯一の理由がそこにあります。そして、これからは後継者育成が重要なテーマでもあります」とも言います。
 目的を見失って組織単体の売り上げに固執し、本来の地域振興ができないならDMOをやっている意味がない。また、目的と成果を明確に示せない団体なら地域のために役立たない。そして、目的と成果を示しその成果を上げて見せる。その意気込みなしにリーダーをしてはいけない、白澤社長の信念は明確です。
 若手の育成はこれからの大切な事業。今はトップダウンの会社運営だが、今年からチーム分けを行い「誇り事業」「商業事業」などに分けて取り組ませ、それを誰もが理解できるようにしていく取り組みをはじめました。
 資金運用でも民間と自治体では大きな違いがあります。民間は将来への発展的投資として数年度にわたる継続事業を多く組み込みますが、自治体の補助金は単年度予算でしか成り立たないという壁があります。本DMOでは基盤整備には主に補助金を当て、ランニングコストは会社が支えることで乗り切っているとも言います。
 「この事業が始まった当初、数年間で数千万円にのぼる金額を『星空観光』に特化して投入しました。その成果で今は多くのお客さまが訪れ、地域全体を底上げしているのです。施設を作って満足するのではなく、そこで何を事業化し、いかに雇用を増やし、地域の収入増に結びつけていくか、それが地域の活力につながるかどうかを見越して提案していくことが大事なのです」
と、話してくれました。

(推進室からの一言)
白澤社長からは地域経営の難しさについてさまざまなお話しをいただきました。若者が働く場所づくりの難しさ。高齢化が進む中でお年寄りのお店に「夜間も開業してほしい」とお願いする切実さ。ふるさとを持続可能な地域として再生したい、この気持ちが次世代育成につながってほしいと強く感じました。

〈DMOプロフィール〉
・設立 2006年10月 株式会社昼神温泉エリアサポート設立
    2016年5月  株式会社阿智昼神観光局(名称変更、事業拡大)
    2018年7月  DMO認定
・所在地 長野県下伊那郡阿智村
・マネジメント区域 阿智村
・代表者 白澤裕次
・職員 14人
・連携する主な事業者
(エリア内)阿智村産業振興協議会(村内の他産業との連携)
スタービレッジ阿智誘客促進協議会(星による村のブランディング)
阿智村商工会(ふるさと名物の開発、産業拡大、裾野拡大)
昼神温泉将来構想検討委員会、村内観光事業者(地域づくり)
バス等運送会社(一次交通、二次交通)
長野県観光機構(地域連携DMO)
南信州観光公社(地域連携DMO)
長野県南信州地域振興局(広域連携)
南信州広域連合(広域連携)など