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2018.3.28

【第16回】DMO先進事例に学ぶ
ケース12:公益財団法人するが企画観光局(地域連携DMO)


マーケティングを基に、地域資源を加工して発信 CMOの考えが前向きな職員に徐々に浸透

日本版DMOの登録要件には、「データ収集・分析等の専門人材(CMO:チーフ・マーケティング・オフィサー等)がDMO専従で最低一名存在していること」「各種データ等の継続的なという記述があります。これらを質の高い形で実現させ、観光による地域の活性化、産業振興へと歩みを進め始めたのが、静岡県中部地域の広域連携DMOである公益財団法人するが企画観光局です。
 するが企画観光局専務理事の斎藤誠さん、CMOで企画開発部長の片桐優さん、企画開発部主幹の岩崎昌登さんに、CMOの採用、データ収集・分析と今後の戦略、そして人材育成などについてお話をうかがいました。

左から岩崎さん、斎藤さん、片桐さん
左から岩崎さん、斎藤さん、片桐さん

●「マーケティングができる人」を採用 観光業の経験は問わず
 2016年7月、するが企画観光局(当時は公益財団法人静岡観光コンベンション協会)は、マーケティング責任者の募集を開始しました。募集にあたっては静岡県プロフェッショナル人材戦略拠点に相談して、内閣府の同人材事業の事務局を務め、求人サイトを運営する株式会社ビズリーチに採用支援の業務委託を行いました。求める人材像としてもっとも重視していたのは「マーケティングができる」ということ。居住地や出身地、旅行業の経験は問いませんでした。

齋藤:
 これまで静岡ではマーケティングの機能が非常に弱かったです。DMOの話が出る前から、やるべきだという話はあり、専門家を迎え入れようと公募することになりました。
 協会のホームページでも公募は可能ですが、マーケティングのできる人の応募があるか、また私たちが選考できるのか不安がありました。
 ビズリーチ社内で記者レクを開いてもらったり、面接会場を貸してもらったり、その他にもいろいろと力を借りて、いい人を採用できたと思っています。

 333人から応募があり、書類による一次選考はマーケティングの経験、知識、能力を第一の基準として、25名が通過。二次選考は個人面接で、東京で一人あたり約1時間行いました。三日間にわたって、受験者の仕事に配慮して夕方から夜にかけて行い、地元の金融機関や有力企業からも面接官として参加してもらいました。

齋藤:
 マーケティングのできる人を採用するのに、素人が質問してもわからない。また、事業展開には費用がかかるので、金融機関の目線も必要なのではないかと思い、それぞれ面接官をお願いしました。

 最終選考に残ったのは3名で、財団理事長や静岡市長、大学教授などによる個人面接を行いました。
 そして採用されたのが片桐優さんです。これまでマーケティングリサーチ会社、料理レシピサイト運営会社でのマーケティングや広告事業などを経験してきました。応募前に静岡に対して抱いていたイメージは「ゼロです」と話します。

片桐:
 既存の素材や資源について、うまくやっていけばビジネスにできる部分があるのではないかと考え、観光の仕事をしたいと以前から思っていたところ、たまたま静岡で募集を見つけました。来てみるとイメージ通り、特段の特徴はないなと、ただしよく調べると、ぽつぽつ特徴のあるものがあるなという感じです。

 片桐さんは2017年4月の着任後、まずは分野を限らず多くの人に会って名刺交換をしました。

片桐:
 この地域で、投資して自分の事業を大きくしていく人が少ない中で、それをやろうとしている人は素晴らしいと思い、応援したくなりました。

 2017年10月には組織改正を行い、公益財団法人するが企画観光局としてスタートしました。マーケティングを行い、企画立案するという意思が「企画」の言葉に込められています。対象地域は静岡市、島田市、焼津市、藤枝市、牧之原市、吉田町、川根本町の5市2町。以前から広域観光の取り組みで連携があったため、範囲はスムーズに決まりました。

●大規模アンケートの説得力

 昨年度、するが企画観光局ではインターネットを使った大規模なアンケートを行いました。DMOの「データに基づいて意思決定する」という機能を果たすものです。調査の目的は三つです。

①今後、どのマーケットを中心に取り組んでいくかを決める。
 観光のニーズ、競合などを知り、ターゲットはどういう人か、どこにチャンスがあるのか分析する。
②静岡県中部の認知度の低さを認識してもらう。
 「もともと私は、静岡の印象がほぼゼロで、この感覚が関東の一般の人とずれているとは感じていませんでした。しかしこちらで観光業の人と話すと、関東ではほとんど知られていないことを『20~30%の人は知っているのではないか』と思う人が多い。ゼロなのだということを見せないと、認識レベルは変わらないのではないかと思いました(片桐さん)」。
②大規模な市場調査により、他のDMOとの差別化を図る。
 他に同様の調査をしているDMOが見当たらない。調査結果を商品として販売することも考えている。大幅な収益とはならなくとも、マーケティングを行う組織として、自らプロダクトをつくって販売する経験を積む必要があった。

 これらを達成するため、昨年8月、ウェブのアンケートサイトを使い、約5300人に対してアンケートを行いました。回答者は47都道府県の20~60代の男女です。
 この結果は昨年10月、新組織のキックオフとなる観光戦略会議で一部発表されました。地元新聞でも報道され、特に大きな反響があったのは、行ってみたい国内の観光地を思いつくまま記入してもらう設問に対する回答です。「北海道」15.6%、「沖縄」13.1%、「京都」5.2%の順で多く、県中部地区は0.05%でした。
 地元の人は衝撃を受け、官民で深刻な危機感による発言が相次ぎましたが「私はそれまでそういう認識だったことがショックでした」と片桐さんは話します。

●親子分離滞在で成長実感を 調査を基に今後の計画

この調査結果も基にして、するが企画観光局では今後に向けた方針を立てています。大きな方向性は二つです。

(1) 既存の施設、観光資源を活用し、的確な時期に的確なものを発地にPRする
 テレビや雑誌などのメディアでその時期に増えるコンテンツに対応した施設、資源をPRします。施設、資源に合わせて売り込む市場は変えますが、中でも力を入れる市場の一つは、口コミなどで流行をつくり出す力の強い、若い女性層。ここに向けて売り出す資源として考えているのが、煎茶のかき氷です。

片桐:
 抹茶は宇治や京都のブランドが強いのですが、この地域で煎茶を使ったかき氷を展開している施設がいくつかあり、素敵なものもあるので、組み合わせて情報発信したいと思います。かき氷は流行っていますし。東京から新幹線で1時間、ぷらっと来てこんな体験ができるということを見せる、キーコンテンツの一つです。

 他にも、春には桜、7月には夏休みの親子旅行、9~10月にはドライブなど、雑誌のお出かけ特集にあてはめながら、PRすべき施設や資源を考えています。例えば親子旅行向けの観光資源の一つに大井川鐡道のトーマス列車がありますが、ここでは集客力はあるので回遊と消費を促すコミュニケーションのできる企画を考える、などと方針を立てています。

(2)新しい観光資源の価値開発
① Learn(学び)
 アンケート調査から、有力なターゲットとして関東や中部の都市部の、年収が高く、子どもが小学生くらいのファミリー層が浮かびました。そして、この層の親は観光において、出かける前より子どもが成長したという実感をほしがっていることがわかりました。
 静岡県中部地区には山、海、川といった自然資源が豊富です。そこでこの自然資源を活用して、レジャーではなく子どもが学べるプログラム、それも親と子が分離滞在、もしくは子どもだけが滞在する形のものの開発を考えています。
 この地域にはカヌー教室を開くNPOや、この構想と似た考えを持つ事業者があり、プレーヤーとなりえます。コーディネーターとしてのするが企画観光局、プレーヤー、教育の知見を持つ会社の三者による、着地型商品の開発を考えているのです。
宿泊施設として想定している施設の一つは廃校。現在はスポーツ少年団の合宿などを受け入れているところが多いですが、リノベーションすることで宿泊単価を上げられる可能性があるため、所有する自治体も前向きです。

片桐:
 両親が働いていると、子どもは夏休みの間一日中学童保育にいるしかなく、変化がありません。また一緒に旅行に行っても、親は子どものニーズに合わせて観光することになります。分離して親は自由に過ごし、子どもは体験によって思考力や創造力などを磨くプログラムを、観光の場で実現できればユニークだと思います。小規模事業者で、事業計画作成や資金調達の調整などを自社ですることが難しい場合はうちで手伝い、意欲的なところが参画できるようにしたいと思っています。

②Tea(日本茶)

茶畑と富士山
茶畑と富士山

 静岡県は全国最大の日本茶の産地です。これまでは、生産のストーリーを知り、理解してもらうことで興味を持って買ってもらおうと、茶摘み体験などを行ってきました。しかし片桐さんは、まずは飲む体験がポイントになると考えています。

片桐:
 例えば音楽なら、興味を持って買って聞いて、いいなと思ってから知って詳しくなる。お茶も同様に、飲用体験を先に持ってきたいです。知識や技術を伝えることよりも、体験とそのデザインに比重を置いて、素敵に飲める場所や催しを増やしたいと思います。

 片桐さんは日本茶のアフタヌーンティーセットをつくってもらい、茶室にきれいにセッティングした写真を撮りました。それをインスタグラムのするが企画観光局のアカウントで投稿し、素敵な飲用体験のイメージを地域内外に示しています。

インスタグラムに投稿した写真
インスタグラムに投稿した写真

片桐:
 こういう空間や時間をあちこちに増やしたいです。やりたい人に参画してもらえるようにして、常設で飲めるような場所を増やしたいですね。

 また製茶工場についても、もっときれいでオープンな場所にすることで、さらに多くの人にとって魅力的な場所になると考えています。目指すイメージの一つは、フランスなどで盛んな、産地を訪れ、テロワール(生育環境)を感じながらワインを飲むような観光です。

③Sea(海産物)

焼津のカツオ
焼津のカツオ

 海に面している静岡県は、焼津のカツオやマグロなど特産品も多いです。これらのブランド化を目指します。そのためにも日本茶と同様、素敵に食べる体験をデザインすることが必要です。また海産物のメニュー開発も考えています。

片桐:
 静岡は採れる資源の割に、独自のメニューがほとんどありません。今あるものをよりしっかりと整備するなどしていきたいと思います。

●地域の未来を見据えた、成果の見える職員育成
 するが企画観光局には、局の正職員が10人、自治体や企業などからの出向者が5人います。

齋藤:
 片桐は非常に周りの職員の刺激になっています。本物のお手本があって、それを見ながらこの組織全体が変わることが、一気にではなくとも、だんだん進んでいると思います。

 片桐さんは1年目の今年度、自分のチームのスタッフそれぞれに一つの自治体を担当させることにしました。

片桐:
 観光や地域創生は、プロデューサーの役割を担う人が大事だと思います。ある地域の、目的地としてのブランディングの方向性やターゲットを考えて、他では真似できないような、その地域が提供できる価値を考え、それをどういう資源や施設を使って具現化するといいか、それにあたってどういう事業者と組んでどのようなビジネスモデルを回してもらうといいか、ということを総合的に考える人が必要です。運営効率、成果効率が下がっても、1年目はゼネラリストの育成に力を入れたほうがいいのではないかと思いました。
 来年度は、これを急になくすと地域の側が困るので変えませんが、プロモーションや商品開発など、機能別の分担ももう少し強めていきます。

 片桐さんは可能なときに、広告宣伝などさまざまなことをスタッフに教える時間を作っています。知識の定着をめざし、テストも行いました。もっと勉強してほしいと片桐さんは話しますが、スタッフも諦めず前向きについてきているようです。片桐さんのチームにいる局の正職員は岩崎さんだけですが、このチームでしていることを他のチームにいる正職員に伝える場を定期的に設けて、「組織として強くする」ことも考えています。

岩崎:
 片桐からは、顧客視点が基本だと常々言われています。今までは売りたいものをPRし、いいものをPRしているから来てくれるだろうというやり方でした。しかし、実際にお客さまが何を求めているか科学的に調査分析をして、どこなら勝負できるかはっきりさせて取り組むということが徐々に浸透してきているのが、片桐が入って一番よかったことだと思います。

 片桐さんに静岡に来てよかったかとたずねると、「全然そう思います」と返ってきました。

片桐:
 そのまま押し出せばいいというものはあまりないかもしれない。そこに、地域の人の考えと僕が感じていることのギャップがあります。
地域の人は、磨けば光るものがあるという。また、情報発信が足りないだけだという。でも両方とも違って、加工しないとうまくいかないものが多いのではないかと思います。

(DMO推進室から一言)
 自分の考えをはっきりと話す片桐さん。組織の中では、そんな片桐さんに対して一緒に仕事がしづらいと思った人もいたかもしれませんが、「マーケティングのできる人」という採用基準を貫いて片桐さんを採用したところに、するが企画観光局の本気がまず現れていると感じました。募集や面接に協会外部の協力を得たことも大きな力になったようです。
 片桐さんの就任から1年弱が経ち、斎藤さんも岩崎さんもマーケティングについて自分の言葉で話していたのが印象的でした。片桐さんの考え方は、すぐに定着とまではいかずとも、着実に組織に浸透してきています。それはスタッフの皆さんの前向きな姿勢があるからこそだと感じました。また片桐さんからも、自ら動こうとする地域の人を尊敬する思いが伝わりました。
 来年度からは、アンケート結果も基にしたさまざまな事業が本格的に始まります。その成果はもちろん、検証しながら事業を進める中で、スタッフの皆さんが知識や経験を身に着けることも期待されています。

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