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2017.07.06

【第8回】DMO先進事例に学ぶ
ケース4:一般社団法人近江ツーリズムボード (地域連携DMO)


日本版DMO候補法人の登録数も既に120を超えましたが、合意形成や役割分担、財源確保などをどのように行っていけばいいのか、悩んでいる地域も多いと思います。既にDMO的な組織づくりを進めて来た団体を先進事例として学ぶことは、今後の方向性を考える上で役立つと言えます。

 ケーススタディの4回目として取り上げるのは、地域連携DMOとして第1弾登録を行った一般社団法人近江ツーリズムボードです。滋賀県の2市4町(米原市・彦根市・多賀町・甲良町・豊郷町・愛荘町)が参画しており、民間主導によるスピーディな取り組みが注目されます。

●商工会議所が中心となり、インバウンド誘致目的の組織を設立

 近江ツーリズムボードの前身となったのは任意団体、近江インバウンド推進協議会です。同協議会は平成27年9月、琵琶湖の東側に位置する湖東地域の観光地域づくりを推進するプラットフォームとして設立後、平成28年2月に日本版DMO候補法人の第一弾として登録。平成28年4月に一般社団法人に移行し、現在の名称に変更しました。

近江ツーリズムボードのロゴマーク
近江ツーリズムボードのロゴマーク。近江の「近」をデザイン

 組織の設立主体となったのは湖東地域を構成する市町の一つ、彦根市の彦根商工会議所です。会頭を務めるのは彦根市に本社を置き、生活雑貨の企画・販売を行う(株)キントーの代表取締役会長の小出英樹氏(写真)。近江インバウンド推進協議会の代表に引き続き、近江ツーリズムボードの代表理事を兼任しています。
小出英樹氏
近江ツーリズムボード代表理事の小出英樹氏

 組織設立のきっかけは「まち(集客)、もの(商品)、くらし(生活)の3カテゴリーにおけるブランディングを目指し、彦根商工会議所で平成26年度に立ち上げたひこねブランド開発委員会でした」として、小出代表理事はこう語ります。

 「『まち』と『もの』のブランディングを推進する上で重要なのが、集客交流産業です。彦根市は地場産業や農業がさかんな一方、観光消費額が低く市のGDPの3%前後にとどまるという課題がありました。観光は地域の総合的戦略産業であり、その効果は金融、商品開発、投資など幅広い分野に波及します。我々は全市的な産業として観光に取り組み、消費額をもっと伸ばそうという提案を行いました」

 そうした取り組みの中で着目したのが外客誘致です。域内の消費増加と経済活性化にはインバウンド誘致が必須という考えから、そのための協議会を作ろうという発想につながりました。

 「各市町がそれぞれ単独で取り組むだけでは発信力が弱く、近隣市町が連携することによって地域の魅力が高まり、アピールの強化につながります。そこで、彦根商工会議所に加盟する約1600の会員をはじめ、湖東地域の各市町の商工会と行政に参加を呼びかけました」

●会員は7割以上が観光関係者以外の事業者

 小出さんは当時の反応について、こう振り返ります。「地域の成長力や人口減少などに不安を持ち、今後は外貨獲得が必要という認識を持つ事業者が多くおられました。彦根商工会議所の加盟会社では100社くらいから賛同を得られました。事業で日頃マーケティングに関わっている方は社会の動きに敏感で、特に反応がよかったです」

 滋賀県と2市4町の自治体、各市町の商工会などとの連携も行い、近江インバウンド協議会は発案から1年ほどで設立に至りました。このようにスピード感のある取り組みは民間主導らしい一つの特徴と言えます。

 この組織のもう一つの特徴が、観光産業だけでなく実に多様な事業者が会員として参画していることです。
 現在、近江ツーリズムボードに参加しているのは約130事業者で、約7割が観光業以外のメンバーで占められています。一般社団法人に移行してから会員数は20社ほど増えましたが、構成比率は現在もあまり変わっていません。
近江ツーリズムボードの会員構成
近江ツーリズムボードの会員構成

 最も多いのはサービス業で約3割を占め、宿泊業者や観光施設などはこの中に含まれ、運輸業は3%で、域内の鉄道やバス事業者はほぼカバーしています。

 サービス業に次いで多いのが建設業の17%で製造、小売、飲食業が続き、金融業や電気・ガスなどのインフラ事業者も加盟していることが注目されます。こうしたプレイヤーの多彩さは、核となった商工会議所の持つネットワークが強く反映されていると言えます。

●3つの委員会の正副委員長は毎月の会議で情報を共有

 近江ツーリズムボードが日本版DMOの第一弾候補法人としていち早く手を挙げたのは、大阪府立大学の橋爪紳也教授との会話がきっかけでした。現在、近江ツーリズムボードのアドバイザーである橋爪教授は以前より彦根商工会議所の特別顧問を務めており、小出代表理事はこまめに情報交換を行っています。

 「その中で『海外にはDMOという観光組織がある』という話を聞きました。自分たちが目指している形に近いと考えていたところ、観光庁で候補法人の募集を行うと聞き、執行部の会議を経てさっそく第一弾の登録申請を行いました」(小出代表理事)。商工会議所の広範なネットワークは、迅速な情報入手とアクションにもつながっています。

 近江ツーリズムボードは現在、彦根商工会議所の館内に独立した事務局を置き、職員数は4名です。専任職員が1名、商工会議所との兼任職員が事務局長はじめ2名、滋賀中央金庫から1名が出向しており、古民家再生などに向けた地域ファンドの企画を担当しています。このほか、総務省事業の「地域おこし協力隊」を活用し、1名のスタッフを受け入れています。

 組織内には企画、広報、総務という3つの委員会が置かれ、それぞれが事業を推進しています。
 企画委員会は地域資源の掘り起こしや広域観光ルートの企画、広報委員会はプロモーション戦略の立案、多言語の観光パンフレットやホームページの制作、総務委員会は各種データの収集や予算管理、近江ツーリズムボードに参画する市町や県の各観光協会などとの連携を担当します。各委員会にはそれぞれ10~20事業者が加盟しています。

 各委員会の取り組みが連動する部分も多いため、正副委員長が集まり情報を共有する会議を不定期で行っています。各委員会が単独で行う取り組みと連携する部分をクリアにし、役割分担を確認しています。
 全会員に対してはニュースレター「近江通信」を発行しているほか、メールマガジンも月2回配信しています。多くのプレイヤーが参画する組織では情報の伝達と共有が重要ですが、近江ツーリズムボードではさまざまな形で情報共有に努めていると言えます。
会員向けニュースレター「近江通信」の第1号
会員向けニュースレター「近江通信」の第1号

 また、近江ツーリズムボードは第2種旅行業の登録準備も進めています。企画委員会で行ってきた地域資源の掘り起こしや広域観光ルートの企画などを生かし、今後はMICE誘致と連動させるなど、収益性を重視した域内の着地型旅行に積極的に取り組んでいく意向です。

●ローミングデータをもとに、従来の宿泊客数の正確さを検証

 マーケティングデータの取得についても、近江ツーリズムボードはユニークな取り組みを行っています。行政や観光協会と連携して域内の宿泊施設から集めた外国人宿泊者数に、株式会社NTTドコモのローミングデータを組み合わせて分析するというものです。
 ローミングデータ活用のきっかけについて、近江ツーリズムボード事務局の迫間勇人さんはこのように説明します。
迫間勇人氏
近江ツーリズムボード事務局の迫間勇人氏

 「日本版DMOで重視されているKPI(重要業績評価指標)の基礎データとして役立つのが、経済産業省の地域経済分析システム(RESAS)です。その中の『外国人滞在分析』のデータ出典がNTTドコモとあります。西日本電信電話(NTT西日本)にデータ入手方法について問い合わせたところ、RESASに情報提供したNTTドコモの担当者を紹介いただきました」
 担当者から直接話を聞き、外国人が利用したローミングのデータに一定の係数をかけて滞在者数を割り出していることがわかったそうです。

RESAS 観光マップ>外国人滞在分析
https://resas.go.jp/tourism-trend/#/map/5.333900736553437/41.42090017812787/
142.29371418128918/13/13101/0/2015/8/1/-/-


 NTT西日本は平成26年、滋賀県で無料Wi-Fi「びわ湖フリーWi-fi」の普及事業を行っていました。Wi-Fiはインバウンドとの関連が深いこともあり、NTT西日本は翌年に近江インバウンド推進協議会が設立すると、すぐに会員として参画しました。
 現在、NTT西日本滋賀支店の営業部門長は、近江ツーリズムボードの広報委員長を務めています。こうしたつながりが、データ入手にも一役かったと言えます。

 近江ツーリズムボードでは平成28年度より、ローミングデータをもとにした湖東地域の外国人滞在分析データをNTTドコモから購入することを決めました。「今年度は平成27年度のデータを入手し、来年度は早急に平成28年度のデータを入手して、増減を比較したいと思います」と迫間さんは語ります。

 このデータの入手にはもう一つの目的があります。
「従来の手法で収集している外国人入込客数のデータが、どのくらい正確に実態を反映しているのかを確認したいという狙いもあります。ローミングデータを元にした数字と比較して実態と合っているのか、もし誤差がある場合はどれくらいなのかを検証できればと考えています」(迫間さん)

 正確なデータを把握することはマーケティングの基本であり、第一歩です。ベースとなるデータの正確性を検証するため、必要に応じて予算を投入するという取り組みは、他のDMOにも参考になると言えます。

●相乗効果と宿泊客増を狙い彦根市・多賀町でライトアップイベント

 近江ツーリズムボードの平成28年度の収入は、会費・特別会費・寄付金が合わせて約1000万円、滋賀県と参画する市町からの補助金が合わせて約1500万円、事業収入は約100万円です。 このほか、地域おこし協力隊を受け入れることで発生する委託料が66万円入ります。「今は会員に儲けていただくため、事業収入になる素材の柱を作っている段階」と迫間さんは説明します。

 このほかに、平成27年度補正予算で組まれた地方加速化交付金と、平成28年度予算で組まれた地方創生推進交付金があります。
 平成28年10月1日から近江ツーリズムボードが事業主体となり、彦根市と多賀町で開始した事業「ドラマティックレガシー」は、地方加速化交付金を受けて実施しています。この交付金は国から全額交付されるもので、彦根市4812万円、多賀町3368万円の合計8179万5000円が交付されました。

ドラマティックレガシーのチラシ

 中核事業となるのが彦根市の彦根城の内堀一帯、多賀町の多賀大社一帯のライトアップです。彦根城では12月31日まで、多賀大社では11月30日まで実施されました。これに付帯してコンサートや映画上映、朗読などのイベントが夜間に開催され、夜の魅力を創出することで宿泊客の増加を狙ったものです。

 これまでも彦根城ではライトアップイベントが行われていますが、市内周遊や観光消費アップにはうまく結びついていませんでした。また、多賀大社は年間の入込客数の半数が1月に集中しており、誘客の平準化が課題となっていました。近江ツーリズムボードが事業主体となることで、このように複数の地域が連携したイベントの開催が可能になり、誘客の相乗効果が期待されます。

●起業と地域食材の活用促進を目指す「フードカー構想」

 もう一つ、平成28年度からスタートした事業が近江「美食都市(ガストロノミック・シティ)」推進プロジェクト事業です。彦根市の単独事業として地方創生推進交付金を受けていますが、彦根市だけでなく近江ツーリズムボードに参画する2市4町の地域産品開発を目指しています。国が事業費の1/2を助成し、助成額は3年間で約8000万円が予定されています。

 「湖東地域に足りないのが食の魅力。インバウンドに訴求するには不可欠な要素です。地域の農業関係者と組んで新たな特産品を作ることを目指しています」と語る小出代表理事は海外出張時に参考となる事例を多く目にするといいます。そうした中で生まれたのが、フードカー(移動販売車)のレンタル構想です。

 「『アメリカで最も住みやすい街』と言われるアメリカのポートランドはおいしいコーヒーショップが集まることで知られますが、フードカーも非常に多く見られます。スペインのサンセバスチャンは、ミシュランの3つ星レストランが3軒ある美食都市ですが、フードカーも非常に多く特色豊かです」

 今、日本でも人気のハンバーガーショップ、シェイク・シャックもニューヨークのフードカーとしてスタートしています。「店を1軒作ると数千万円かかりますが、フードカーなら初期投資が少なく、失敗してもやり直しがきくということで着目しました」(小出代表理事)

 具体的なしくみ作りはこれから行われますが、近江ツーリズムボードでは地域内、あるいは地域外で飲食店の起業を考えている人に地域の食材を活用することを条件に安価でフードカーをレンタルし、起業を支援するとともに、地域の食の魅力強化につなげたいと考えています。
フードカー
フードカー

 近江牛はこの地域の有名な食材ですが、注目される食材の一つがホワイトアスパラです。彦根市南部の新海町は昭和20〜40年代、ホワイトアスパラの一大産地で、最盛期は東京ドーム5個分以上の作付面積を誇りました。

 今は20分の1ほどに縮小しましたが、ヨーロッパと同じ露地の土盛り栽培が続けられています。平成28年4月には彦根商工会議所が主催し、彦根市と近江ツーリズムボードの共催で「ひこねアスパラガス研究&試食会」が行われ、ホワイトアスパラの新たな可能性を探る第一歩となりました。

 平成29年度には、地域食材を使ったケータリング料理のグランプリ開催を予定しています。「この地域にはバンケット機能のあるホテルが少ないのですが、ケータリングの仕組みを作れれば、さまざまな場所で地域食材を使った料理を提供する可能性が広がります。歴史的な建築物などもユニークベニューとして活用できるのでは」(小出代表理事)

 近江ツーリズムボードの取り組みを3つのキーワードで表現するなら、「スピード感」「広範なネットワーク」、そして「客観的な目線」が挙げられます。いずれの視点も、民間経済団体を核とした組織ならではと言えますが、特に注目すべきは3つめの視点です。

 宿泊客データの精度を改めて検証するという取り組みは、従来の観光関連組織がこれまで当たり前としてきたことに疑問を持ち、一歩引いた「客観的な目線」で根本から見直すことによって生まれたと言えます。
 フードカーやケータリング料理グランプリといった発想もやはり、「食」と観光について、客観的かつ広い視野からとらえ直したことが原点と言えるのではないでしょうか。

 このように一歩引いた視点から観光を見ることができるのは、当然ながら観光以外の事業者が7割を占めるというメンバー構成が大きく影響していると考えられます。ただし、観光で地域が稼ごうと考えた場合、こうした客観的な視点は長年観光に携わってきた人達にとっても、今後求められるものです。視点を変えて観光を改めて見直すことの大事さという意味で、他のDMOにとっても参考にすべき事例と言えます。

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