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2016.12.02

【第7回】DMO先進事例に学ぶ
ケース3:一般社団法人こまつ観光物産ネットワーク(地域DMO)


日本版DMO候補法人の登録数も既に100を超えましたが、合意形成や役割分担、財源確保などをどのように行っていけばいいのか、悩んでいる地域も多いと思います。既にDMO的な組織づくりを進めて来た団体を先進事例として学ぶことは、今後の方向性を考える上で役立つと言えます。

 ケーススタディの3回目として取り上げるのは、地域DMOの第2弾登録を行った石川県小松市の一般社団法人こまつ観光物産ネットワークです。その名が示すように、観光と物産を中心とした関係者が一緒になって観光の地域づくりを促進しようという取り組みが注目されています。

●ものづくりの町が観光交流に 市民みんなで「地域のお宝を再発見」

 一般社団法人こまつ観光物産ネットワークは平成25年10月、小松市の観光・物産の発展、地域経済の活性化と文化の振興を目的に、一般社団法人小松市物産振興協会と任意団体の小松市観光協会の2団体が統合される形で、新たに設立されました。

「現市長が平成21年に就任し、観光交流に力を入れる方針を打ち出したのが、最初のきっかけになると思います」。こまつ観光物産ネットワーク専務理事・事務局長を務める高田哲正さんは7年前を振り返ります。

 世界規模で活躍する建機メーカー・コマツ(小松製作所)の創業の地である小松市は、国内最大級のバス製造メーカーや国内トップシェアの間仕切りメーカー、それらの関連企業が立地するなど、多様な産業の集積地として知られています。
 一方、1300年の古湯「粟津温泉」や歌舞伎「勧進帳」の舞台となった安宅関、「おくのほそ道」の景勝地・名刹「那谷寺」などを有し、九谷焼の産地としても知られていますが、観光地としての「小松市」の印象・認知度はそれほど高くありませんでした。
人口の自然減が予測される中、経済成長著しいアジアへの国際線を持つ小松空港や、開通が期待されていた北陸新幹線などによる国内外の交流拡大チャンスを活かす観光による地域づくりが着目されました。

 そして、平成22年の小松市制70周年に“「温故知新」まるごと小松70”~感謝!そして未来へ~というキャッチフレーズを掲げて市役所、市民が一体となり歴史文化、自然景観、産業、地域などさまざまな交流・行事を行いました。「その企画実施によって、『小松市のお宝再発見』が進みました」と高田さん。

 それらを集約して生まれたのが、「歌舞伎のまち」「乗りもののまち」「環境王国こまつ」「科学と交流」という小松市観光とまちづくりの4テーマです。歌舞伎のまちは安宅の関があることと、曳山子供歌舞伎が250年受け継がれていることに由来します。
 この4テーマをもとに小松のブランド力を高め、観光と産業をともに振興していこうという取り組みがはじまりました

●小松空港の「空の駅こまつ」開業と同時に新組織を設立

 この動きに合わせ、小松市物産振興協会は平成21年10月にアンテナショップ「ぶっさんや」を小松駅の近くに移転・拡張し、平成23年4月には一般社団法人化しました。一方、小松市観光協会は、「ぶっさんや」で観光案内を行うほか、平成23年に観光情報ホームぺージを「まるごと・こまつ・旅ナビ」として刷新するなど、それぞれが機能強化を進めていました。
 また、両団体の事務局が「ぶっさんや」で一緒に仕事をすることで、連携が強まることにもなりました。

 平成24年には小松市の空の玄関、小松空港に6次産業化商品や農産物など、「小松ならではの産品」を販売するアンテナショップ「空の駅こまつ」の開設計画が市の主導で立ち上がります。国内外を行き来する人々に、地元産品を販売するとともに観光情報の発信も行い、産品と観光の両面から小松ブランドをPRするのが目的でした。 北陸新幹線の金沢開業(平成26年度)が近づき、さらに延伸の金沢~敦賀間も着工になったほか、訪日インバウンドの増加も弾みがつき、小松空港に就航するソウル、上海、台北の3路線に輸送力増強の話が出てきた時期でした。

 平成23年6月には、新たな小松市の将来ビジョンである「10年ビジョン」が策定され、グローバルな視点でチャンスが広がる中、地域の魅力を高め、ブランド力を向上させ、交流を高めていくことが大きな課題でした。 また、南加賀地域(3市1町)を舞台に「全国産業観光フォーラムinこまつ」の平成25年度開催が決定し、ものづくり企業を含めたさまざまな関係者とのネットワークが広がっていた時期でもありました。 そして、観光の地域づくりと交流拡大のためには、観光と物産の関係者だけでなく、幅広い分野の関係者との連携が必要という認識が生まれてきました。

 「空の駅こまつ」の出店に向けた準備が進むなか、新たな観光と物産の発信拠点がスタートするこの機会に物産振興協会と観光協会が「統合して一つの組織として活動し、さらにネットワークを広げていった方がいいのでは」という意見が行政や関係者から出てきました。この後、統合と新たな組織について両協会の役員を中心に、それぞれ検討が進みました。

 北陸新幹線の金沢開業に向けて、北陸や新幹線沿線の各地域が観光地域づくりを進めるなか、小松市においても「関係者が一体となってブランドを高める地域づくりを進めないと、それぞれの事業も発展していかないという認識が広がっていきました」(高田さん)。
 それぞれの役員の尽力もあり、両協会員の合意を得ることができ、2つの協会を統合する作業は、空港出店の準備と同時並行で進められることになりました。

 こうして平成25年10月1日、こまつ観光物産ネットワークの設立と同じ日に、小松市のアンテナショップ「空の駅こまつ」と地元農産物を使った軽食や飲物などを提供する「空カフェ」が小松空港にオープンします。これら2店舗は物産振興協会が運営していた「ぶっさんや」と合わせ、こまつ観光物産ネットワークが運営することとなりました。


空の駅こまつ
空の駅こまつ

ぶっさんや
ぶっさんや

●“「温故知新」まるごと小松70”のネットワークで会員数は2倍以上に拡大

 こまつ観光物産ネットワークの特徴として、注目すべきが会員の多さです。旧観光協会と旧物産振興協会の会員数が合計で約100だったのに対し、現在の会員数は243と以前の倍以上に増えています。
 理事は18人で、理事会は約3ヶ月に1回、全会員を対象とした総会は年に1回開催されます。

 会員の顔ぶれも多彩で、地域のさまざまなプレイヤーが加盟しています。物産振興協会員だった菓子製造業や九谷焼などの生産・販売事業者、観光協会員だった地元の旅行業者やビジネスホテル、粟津温泉の旅館、観光施設、JA小松市などがそのまま移行したのに加え、飲食店、ボランティアガイドやトマト生産農家、まちづくり関連のNPOや市内のスポーツ愛好団体などが新たに加盟しました。

 この背景には、平成22年の市制70周年の時に行った“「温故知新」まるごと小松70”での取り組みが深く関わっています。
「文化財の保存会や公園に花を植える市民団体など、以前はお付き合いがなかった団体や事業者とつながりができました。こまつ観光物産ネットワークの設立後はそのつながりを生かし、地道に会員としての加入を呼びかけました」
 こまつ観光物産ネットワーク事務局の竹内裕樹さん(写真)はそう語ります。市役所内や市民団体との横断的な取り組みが、既存の観光の枠を超えた事業者や団体との接点に結びつき、それが新しい組織づくりにも生かされたと言えます。


こまつ観光物産ネットワーク事務局の竹内さん
こまつ観光物産ネットワーク事務局の竹内さん

「賛助会員を設けたことも、会員数の拡大に寄与していると思います」と竹内さん。賛助会員には議決権はありませんが会費が無料で、事務局からは定期的に地域の情報が提供されます。小松の地域活性化、ブランド力アップを応援したいという思いから賛助会員となる事業者も多いとのこと。
 会員の内訳は正会員164、賛助会員は79で賛助会員が約3分の1を占めています。気軽に参加できる「敷居の低さ」が、会員の多様化と拡大に一役かっています。

●産業観光を打ち出した現地発着ツアーを大手旅行会社が商品化

 設立の2ヶ月後、こまつ観光物産ネットワーク内に設置されたのが、「観光資源開発」「誘客宣伝」「事業運営」の3委員会です。それぞれ15~20の事業者が参加し、2~3ヶ月に一度、会合を開いて活動を行っています。
 誘客宣伝委員会はプロモーションや観光誘客を、事業委員会はアンテナショップの管理運営を担当。観光資源の発掘や磨き上げを行うのが観光資源開発委員会です。

 観光資源開発委員会は、これまでに8本のモニターツアーを実施し、どんな切り口で小松の観光的魅力を訴求するかをいろいろな角度から探ってきました。その中から、大手旅行会社の着地型商品「地恵のたび」で商品化されたのが、小松のものづくりにスポットをあてた産業観光のツアーです。

 小松市とコマツ(小松製作所)とJA小松市は平成25年、6次産業化の促進や農業技術と人材育成、里山の振興と保全などの連携協定を結び、「こまつ・アグリウエイプロジェクト」をスタートさせました。
 ツアーはこのプロジェクトの現場を視察するもので、若手のトマト農家を訪れ、経験や勘に頼らずICTの最新技術を使い、タブレットでハウスの温度や湿度を管理する様子などを視察します。企業研修や視察の団体向け商品として、平成28年2月から販売を開始し、来年度も継続予定です。

●「旅行で稼ぐのは地元事業者」 旅行業登録はせず明確な役割分担

「地恵のたび」に関して、こまつ観光物産ネットワークは旅行事業者に対し情報提供や調整業務の一部を請け負っていますが、旅行業者として手配を代行しているわけではありません。
 「こまつ観光物産ネットワークが着地型商品を作り、旅行業登録を行って販売しようか、という話も出たことはあります」と竹内さん。「しかし、ネットワーク自身が旅行を事業化するのではなく、地域の旅行事業者に活躍いただき、本当の意味で個々のビジネスに結びつけていただいた方がいいという結論になりました」

 平成28年4月、文化庁の「日本遺産」の一つに、小松市の「『珠玉と歩む物語』小松~時の流れの中で磨き上げた石の文化~」が認定されました。弥生時代の碧玉の産地や加工技術を今に伝える遺跡、飛鳥時代に作られた日本唯一のアーチ式天井の石室、九谷焼の原料となる陶石の産地など31の文化財で構成されます。

 認定に伴い、地元の事業者がこれらの文化財を巡る着地型ツアーの造成をはじめました。文化財は個人所有の土地にあることも多いため、こまつ観光物産ネットワークは事業者と所有者の間をとりもつなど、コーディネーター的な役割を担っています。

「珠玉と歩む物語」小松の日本遺産登録概要
http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/nihon_isan/pdf/nihon_isan27.pdf

「珠玉と歩む物語」小松の公式紹介サイト
http://www.komatsuguide.jp/komatsu-stone/

 では、こまつ観光物産ネットワークの財源はどうなっているのでしょうか。
 平成27年度の収入は約1億1500万円で、最も大きな割合を占めるのが収益事業収入の約6000万円です。このほか市の補助金が約4000万円、市からの委託費が1300万円(観光パンフレット制作や日本遺産に関わる調査費など)、会費収入が約200万円となっています。

6000万円の収益事業収入は3つの直営店舗の売上・手数料収入からなり、大まかな内訳は空の駅が3000万円、ぶっさんやが700万円、空カフェが2300万円です(空の駅、ぶっさんやは会員からの受託販売であり、手数料収入)。
 平成26年度にはネットショップ「こまつもんオンラインストア」を開設し、平成27年度からはふるさと納税返礼品の発送を市から委託されるようになりました。これらの新規事業による増収も期待されています。

こまつもんオンラインストア
http://www.komatsumon.com

 DMOとしての財源はアンテナショップなどの収益と会員会費、そして行政からの委託・補助金です。
観光と物産が融合したことで、活動拠点、各地への出向PR、情報発信ツールなど、効率的・効果的に小松市の認知度・ブランド力向上につなげる活動ができるようになってきています。また、物産販売の伸びが会員のモチベーションにもつながっています。
 引き続き、商品開発支援や物産商品取扱高の増加により、収支バランスを改善して財源を確保するとともに、行政ニーズに添った支援も受けながら、従来の観光産業だけでなく、地域の観光素材を発掘し、広く地元の活性化につなげていくことが望まれます。

●こまつの杜、企業の研修センタ来訪者へのおもてなしから進んだ飲食店の会員増加

 小松市を発祥の地とする世界的建設機械メーカー「コマツ」がJR小松駅東側の小松工場跡地に平成23年5月、オープンしたのが「こまつの杜」です。「わくわくコマツ館」、世界最大級のダンプトラックの展示など、子どもたちが建機やものづくりについて学ぶスポットになっています。
 また、平成26年3月にはサイエンスヒルズこまつ「ひととものづくり科学館」が隣接地に開設され、このエリアはひとづくりや産業観光の拠点となっています。


こまつの杜
こまつの杜

あわせて、こまつの杜にはコマツグループの人材育成を担う「コマツウェイ総合研修センタ」が開設されました。国内外の社員を対象とする研修や全社、グローバルな会議なども行われ、年間に約3万人が訪れるとされています。
 しかし、コマツは食堂も宿泊施設も作りませんでした。研修者などの飲食や宿泊によって生まれる利益は、できるだけ地域に還元しようという方針によるもので、施設内には売店もないという徹底ぶりです。

 これを受けて市と観光協会(当時)は、内外からの研修生の「おもてなし」のため、観光案内所の充実、体験メニュー作成、市内の飲食店マップの作成などを行いました。
 平成26年にはこまつ観光物産ネットワークが飲食店マップを見直し「こまつグルメマップ」を作成しました。外国人の来訪も多いため、日本語のほか、英語、韓国語、中国語(繁体字)、スペイン語、ポルトガル語の5言語版を作成しました。


こまつグルメマップ
こまつグルメマップ

こまつグルメマップ・多言語版
http://www.komatsuguide.jp/index.php/article/detail/pamphlet/

「マップの作成に向けて、市内の飲食店を回って掲載のお願いと一緒にこまつ観光物産ネットワークの会員加盟のお誘いも行いました。何か事業があると、それに絡めてお声もかけやすいので」と竹内さん。
 旧観光協会では飲食店の会員があまりいませんでしたが、このグルメマップの作成がきっかけとなり、飲食店の会員が大幅に増えたそうです。こまつの杜のオープンがこまつ観光物産ネットワークの組織拡大にも一役かったと言えます。
 また、この会員の広がりによって、外国人来訪者への対応力やおもてなし力の向上、バリアフリー観光、キャッシュレス化などの普及啓発が進めやすくなっています。

 観光と物産を軸に、まちづくり、ものづくりなどが一体となり、アンテナショップや観光情報センターを活動の拠点とすることでさまざまな地域の事業者や団体が有機的につながり、まさに編み目のようにネットワークを形成しているのがこまつ観光物産ネットワークの特徴です。
 多様なプレイヤーを束ねていくことは容易ではありませんが、「黒子」役として、さまざまなつながりを柔軟にコーディネートしていくことがこまつ観光物産ネットワークの大きな役割と言えます。
 観光を広い視野からとらえ、地域全体が活性化する一つの手段というビジョンを今後もしっかり共有していくことが、DMOとしての組織運営の要になってくるのではないでしょうか。